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災害時と透析:いざという時に備えて知っておきたいこと
2021.5.17
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命をつなぐ水と電気
血液透析には、どれくらいの水道水と電気が必要なのでしょうか?
透析液を精製するには、RO(逆浸透)膜、活性炭、各種フィルターなどを用いて清浄化した水道水が必要です。標準的な治療では、1回に4時間の透析を行います。毎分500mLの透析液を使用するので、およそ120Lの水道水が1人あたり1回の透析に必要です。
当然透析液以外にも、配管の洗浄や治療の準備に水道水が必要です。
そして、透析液を精製したり、透析液を患者さんのところまで運搬したり、患者さんの血液を体外循環させて透析したりと、あらゆる作業に電気が使われます。手術室や透析室を持つ病院では自家発電設備の設置が義務付けられていますが、診療所において設置義務はありません。テナントビル内の診療所では自前で設置することは事実上不可能です。
これらのことから、災害によってインフラに被害が生じることを想定すると、大量の水道水と電気を要し、1〜2日おきに必要な血液透析を継続して確実に受け続けることができるのかどうか、たちまち大きな不安が立ち込めます。通信手段が断たれると、透析施設間の情報交換ができず、患者自身が孤立無援状態になりかねません。
予定の透析が受けられないと、水分や塩分、尿毒素が体内に蓄積し、電解質に異常が起こります。食事制限に沿った食べ物も入手困難になるでしょう。肺水腫、高血圧、心不全、高カリウム血症による不整脈など、命にかかわることも出てきます。
災害と透析医療の実態
地震や台風以外に、集中豪雨や局地的大雨(ゲリラ豪雨)などの風水害被害の激甚化が近年目につくようになってきました。
大規模な地震災害では、断水や停電などが透析不能の原因でした。電力に関して、阪神・淡路大震災では48時間、東日本大震災では72時間以内で停電から復旧しました。その反面、断水からの復旧はいずれの地震災害でも7日以上必要だったため、透析医療の災害対策は断水対策に重点が置かれていました。しかし近年、2018年の北海道全域の停電や台風などによる広域停電は長期間に渡り、地震の教訓からの定説は崩れています。
表1:災害の透析施設に対する影響の原因
種類 | 発生年月 | 停電 | 断水 | 浸水 | 津波 | 施設 損壊 |
|
---|---|---|---|---|---|---|---|
阪神・淡路大震災 | 地震 | 1995年1月 | |||||
東海豪雨 | 豪雨 | 2000年9月 | ○ | ||||
中越地震 | 地震 | 2004年10月 | ○ | ○ | |||
東日本大震災 | 地震 | 2011年3月 | ○ | ||||
熊本地震 | 地震 | 2016年4月 | ○ | ||||
平成30年7月豪雨 | 豪雨 | 2018年7月 | |||||
平成30年台風21号 | 台風 | 2018年9月 | |||||
北海道胆振東部地震 | 地震 | 2018年9月 | |||||
令和元年台風15号 | 台風 | 2019年9月 | |||||
令和元年台風19号 | 台風 | 2019年10月 | ○ | ○ | |||
大きく影響を与えた ○ 影響を与えた可能性がある 起こらなかった・影響はなかった |
過去の災害時の透析医療状況①:
2018年8月27日〜9月5日の平成30年台風第21号
大阪府下の被害と対応
2018年9月4日12時頃、台風21号は非常に強い勢力を保ったまま徳島県に上陸し、速度を上げながら近畿地方を縦断した。大阪府のほぼ全域が台風進路の東側であったことが広域での風害をもたらした。
府全体での被災状況が不透明であったため、2018年11月下旬に日本透析医学会会員リストを参考にし、府下の透析施設307施設を対象に被災状況のアンケート調査を行った。アンケート回収率は74.9%であった。
- 停電
- 停電した施設は府下全域に発生し、71施設(30.8%)と広域にわたって暴風の影響が出たことを示した。
- 断水
- 断水は5施設で起こり,地域は散在していた。またこの5施設は停電も発生しており、全施設ともに支援透析を依頼した
- 支援透析
- 支援透析を依頼した施設は河内地域を除く7施設であった。最長で4日間の支援透析を依頼した施設があった。上述の通り、断水した施設は全施設が支援透析を依頼しており、30分間の停電ながら支援透析に至った施設もあった。断水はなく支援透析に至った施設は2施設であった。依頼先の施設は近隣施設やグループ施設などさまざまであった。患者数は数名から30名と幅広く、受入施設の透析ベッド数によって決められた。依頼した患者が数名の場合、依頼先施設へのスタッフの同行をした施設と、しなかった施設に分かれた。20名以上の患者を依頼した施設は全施設がスタッフを同行させていた。
過去の災害時の透析医療状況②:
2018年6月28日〜7月8日の平成30年7月豪雨
岡山県 真備町
「まび記念病院」も川の決壊で床上3.3メートルが浸水し、一階の非常用電源も水没。停電、断水し、入院患者76人を含む335人が孤立した。
浸水翌日も普及せず、村松友義院長(63)は避難を決断。停電で人工透析ができない患者9人はヘリ移送を依頼。電子カルテが使えず病名や薬のメモを手書きで作り、残りの患者らもボートなどで全員救出された。
過去の災害時の透析医療状況③:2011年3月11日の東日本大震災
大きな被害を受けた宮城、岩手、福島3県において、特に被害が大きかった太平洋岸では、一部の透析施設で倒壊や流出・浸水で治療が不可能となり、これを免れた施設でも電力と水の供給は断たれ、透析医療の実施は困難となった。
宮城県の状況
地震発生当日 9:00PM | 停電 | 53施設(100%) |
---|---|---|
断水 | 48施設 (91%) | |
装置、建物、配管等被害 | 40施設 (75%) | |
地震発生翌日 9:00AM | 透析可能 | 9施設 (17%) |
使用可能病床 | 239床 (震災前1739床の14%) |
震災で死亡 | 35人 |
---|---|
行方不明 | 10人 |
震災関連死 | 23人 |
岩手県の状況
岩手医大の大森聡の報告では、岩手県では45の透析機関の内、14施設が停電や断水で透析が不能となった。しかし、太平洋岸から内陸部への主要道路は確保されていたため、当初患者はそれらのルートを利用して内陸部の透析施設に移動し、さらに3日以内に42施設が稼働可能となったことから、透析需要に対しては県内でほぼ対応することができたという。
福島県の状況
福島県では地震・津波・停電・断水に加え、福島原発事故が大きな影響を与えた。おぎはら泌尿器と目のクリニックの荻原雅彦の報告では、浜通り地区の4施設が原発事故の避難地区にあり、患者や医療者の退去が求められた。浜通りの医療圏では最大1500人の透析患者が圏外に一時的に避難を要したという。東京女子医大秋葉隆らの報告では、約1000人の透析患者が居住する福島県いわき市内では、停電と断水で多くの透析施設で透析困難となり、受け入れ能力を超える患者が一部の施設に集中し、最短1.5時間透析などが行われる状態に陥った。また、原発の近隣地区に避難指示や屋内待機指示が出されたことや、ガソリン不足などから患者やスタッフの通院が困難となり、さらに物資の市内への流入が減少し、医療材料のみならず生活物資が不足し、近日中に全市的に透析医療の継続が困難になると予測された。こうした状況を打開するために、市内最大の透析施設は透析患者の広域集団避難を呼びかけた。呼びかけの一方、避難先として東京都、新潟県、千葉県の透析施設と折衝を進め、3月17日に千葉県に約50名、新潟県に約150名、東京都に約380名が一部スタッフと伴にバスで集団移動した。東京に移動した患者は東京都区部災害時透析医療ネットワークに加盟する都内の透析施設で分散して外来、あるいは入院透析治療を受け、当面の患者の住居(避難所)は東京都が日本青年館や代々木オリンピック記念青少年総合センターなどを確保した。千葉県へ移動した患者は亀田総合病院を中心に治療を受け、新潟県に移動した患者は新潟大学が中心となり、県内13か所の透析施設で治療を受け、宿舎などは新潟県庁が手配した。
過去の災害時の透析医療状況④:1995年の阪神大震災
- 約50施設が一時的に透析不可能
- 数千人単位がかかりつけの透析施設で透析不可能
- 兵庫県44施設からの587人の患者を大阪府83施設で受け入れ
- ほとんどの地域で3~4日以内に電力復旧
以上のことを踏まえて、万一、水、電気、通信手段などが途絶えた場合を想定して、自分が何をすべきで、自分で何ができるのかを考え、いざという時でも落ち着いてしっかり行動できるよう、必要な知識を身に付けておきましょう。
日ごろから意識したい防災知識を下記の記事で紹介しています。
じんラボが調べた役立つ資料一覧
災害はいつ、どこで、どのような規模で起こるのか誰にも予測できません。あなた自身が災害に備えて、自分自身を守れるように日ごろから心構えや準備をしておきましょう。災害時には自分自身の適切な行動も大切ですが、同時に医療施設、医療関係機関、自治体、各防災機関との連携プレーも非常に重要です。ここでは地方自治体や、病院、公共団体などで作成された防災マニュアル等をご紹介します。平常時から繰り返し読み込んで頭の中でシミュレーションしておきましょう。また、かかりつけ透析施設に相談し、地域の関連する機関の情報を集めて、場所や連絡先、災害時の対応方法を把握しておくとよいでしょう。
東京都福祉保健局「災害時の透析医療」
「災害時における透析医療活動マニュアル(平成26年3月改訂版)」の「第3章 透析患者用マニュアル(防災の手引)」をご覧ください。
血液透析患者、腹膜透析患者、在宅血液透析患者別に、平常時や災害時、透析中に災害が起こった場合の心得や対応方法まで具体的に記載されており、東京都以外にお住まいの方も必見です。プリントアウトして自分に必要な情報を書き込んでおき、日ごろから何度も読み返しながら常に携帯しておくとよいでしょう。
日本透析医会「日本透析医会 災害情報ネットワーク」
災害が発生した際に、透析医療機関の被害や受け入れ状況が得られます。震度6弱以上の地震と、国または地方公共団体によって災害救助法が適用されるような被害が発生した場合に活動が開始されます。
公益財団法人 愛知腎臓財団「災害対策手帳」
緊急時の連絡先や原疾患などが記入できる災害時カードをはじめ、持ち出し品リストや地震発生後の行動、避難中の注意点などを確認できます。手帳は血液透析患者、腹膜透析患者、腎臓病患者(透析をしていない方)、腎移植患者別に4種類あります。
「緊急透析カード」や「災害時透析カード」など名称は異なりますが、災害時に透析患者さんを支援する携帯カード・手帳類は多くの自治体や透析施設などが作成しています。一度、お住まいの都道府県や通院先に確認してみましょう。
※一例:
災害時の透析患者に対する支援について(緊急透析カード)(神奈川県)
災害時の人工透析患者連絡カードについて(愛知県)
静岡赤十字病院「栄養科 非常食マニュアル」
「~災害時食事マニュアル~糖尿病患者さん向け」をご覧ください。
災害時、十分な透析を受けられない場合の食事管理について解説されています。必要なエネルギー量や蛋白質、カリウム、水分量、塩分量を提示し、災害時に支給されやすい食品や食事セットの例を挙げています。
栃木県「災害時透析医療ガイドライン」
「第3章 透析患者用防災の手引き」をご覧ください。災害が発生した際の行動や避難方法(普通回収、緊急離脱の解説)、食事管理、栃木県内の緊急連絡先一覧などが記載されています。
参考サイト
- 日経メディカル オンライン『震災翌日の朝9時、透析可能な病床は震災前のわずか14%だった』(2013/3/21アクセス)
参考
- 菊地 勘『災害と透析医療」診断と治療 Vol.108-no.11 2020(103)
- 山川 智之『災害時の情報共有のあり方』臨牀透析 vol .35 1571-1575, 2019
- 山川 智之『透析医療における災害対策 (特集 震災と在宅ケア)』日本在宅ケア学会誌 15(2) 2012-02 p.3-7
- 秋澤 忠男『災害時透析医療の特殊性と昭和大学病院の役割 (特 集 災害拠点病院として昭和大学病院の果たすべき役割) 』昭和医会誌 第72巻 第1号〔30-33頁, 2012〕
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