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【第10話】ボクの保存期〜今、CKDを生きるひとたちに・1
2014.1.30
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プロローグ
自分が慢性腎臓病であることを知ったのは、今から20年以上前のことです。 そのときに受けた衝撃というかショックというのか、そのとき大変苦しんだという体験は今でも覚えているのですが、苦しいという感覚的な部分は、今はもうだいぶ薄れてしまいました。それはある意味幸せなことだと思います。
あるとき、頭の中で繰り返えされる苦しみを断ち切りたいと思い、過去のことを一切捨てようと決めたことがそうさせたのだと思います。苦しみをそうそう断ち切れるはずはないと読者の方も思われるでしょうし、当時の私自身、そんなに簡単に断ち切れるとは思っていませんでした。
ですが、慢性腎臓病を患ってから20年以上生きて、結婚をして、子供もできて、仕事の経験も重ね、今現在人工透析を受けていることも踏まえると、良い事も悪い事もそれは人生の中で繰り返されるということに気がつき、諦めることは何もなかった、生きてきて良かったと思えるようになりました。 すると、自分が慢性腎臓病であること、人工透析を受けていることも、すべて人生の一つの事象であり、浮き沈みの一つでしかないと達観できるようになりました。
先日、これから医学を志す若い学生たちと接する機会があり、病気になったその時のリアルな気持ちを聞かせて欲しいとお願いされました。私はその時の気持ちを一度はたぐり寄せてはみたのですが、どうも実感として捉え切れていないように思いました。けれど、せっかく知りたいという人たちがいるのですから、今回改めて思い出す作業をしてみました。
一方、慢性腎臓病(CKD)に関わるすべての人々の状況を鑑みると、現状ではCKDの患者の数は1330万人まで増えていています。今、まさに慢性腎不全保存期を闘病されている方々が大勢いて、人工透析を受ける事をどうにか回避したいと強く願われ、苦しまれていることを考えると、自分の過去の経験も少しは役立つのではないかと思いました。どこまであのときのことを思い出すことが出来るかは分かりませんが、キーを叩くうちに徐々に記憶の解像度が上がるのではないかと思います。
それでは、おぼろげな記憶をたどり14年間の『ボクの保存期』の幕を上げたいと思います。
ガラの悪い医師
1991年5月、それは大学4年の就職活動をしているときのことでした。会社の入社前健診で尿蛋白が出たことで、精密検査を受けることになりました。
田舎町の大きな病院で検査を受け、そこの医師からは慢性腎炎と判断されました。私は「慢性腎炎」という言葉そのものが理解できず呆然としていました。
「こんな数値になってから病院に来るなって。これじゃあ手の打ちようがねえじゃねえか。クレアチニンが2、超えてんだもの。冗談じゃないよ」
当時、診てくれた医師は、非常に捨て鉢というのか口の悪い人で、早口で吐き捨てるようにこう言いました。 お前どうして俺のところなんかに来たんだ、という目で睨んできます。不満が彼の口を「へ」の字に曲げ、口先を尖らせています。
「手の打ちようがない」という言葉から、状況はただごとではないという雰囲気が伝わりました。実態の掴めないことが余計、不安に拍車をかけてきます。当時、就職が内内定という状況であった私は、まず医師にこう問いかけました。
「先生、就職先がほぼ決まっています! この先、仕事をするのも難しいのですか?」
「あんた仕事なんかできると思ってんのかよ。あ?…で、どんな仕事するの?」
「SE…です」
「そんなもん無理に決まってんだろ!今すぐ内定辞退して事務職から仕事を探しなおせ!」
激しい言葉でした。
言葉尻に含まれる悪意が心の中にまで突き刺さるようです。私は何も言い返すことができません。性根の冷たさというのか、非情さが彼の目つきから伝わります。
これは病状の悪さから言葉を選んでいる余裕が無いのではないか、とも思いましたが、後々アパートの大家さんから聞くと、この辺りでは彼の口の悪さは有名だったそうです。
「食事制限が必要だが、あんた、若いから続くかねえ。せいぜいがんばってもあと1年で“トウセキ”だな」
あと1年で“トウセキ”。
トウセキという言葉もよく分からず、それでも「あと1年」という言葉だけは重くのしかかってきます。頭の中は真っ白で呆然としたまま診察室を出ました。
すると、待っていたかのように若い看護師がそばまで来ました。困ったような、不憫そうな顔で彼女は言いました。
「…大丈夫ですか?これから管理栄養士に会って頂いて栄養指導を受けますからね。一緒に行きましょう」
「でも、自分はまだ状況をよく理解できていないんです。“トウセキ”を受けるって言っても何のことだか…」
「大丈夫、そのことも分かりやすく教えてくれると思います。分からないことはそのまま聞いてください」
管理栄養士エンドウさん
別室に通されると、恰幅の良い30代の男性が椅子に座っていました。眼鏡を掛け、にこやかなまなざしで私を手招きしています。促されるまま椅子に座ると、机の上にコピーした資料を差し出しました。
「これから大事な勉強をしてもらいます。あなたの体のための勉強なのでしっかり聞いてください」
管理栄養士の方はエンドウさんと言いました。非常ににこやかな語り口で、声のトーンも気持ちがラクになるような感じです。さっきまで話をしていた彼とは全く別のタイプの人で、気さくなお兄さんのような感じです。
エンドウさんは、まずは蛋白質の制限について懇切丁寧に教えてくれました。
「君の体重は?うん、72キロね。身長は?…170センチ。と言う事は標準体重は63キロだなあ。ここから計算するとだね、君が一日に摂取できる蛋白質の量は、細かい数字を無視すると約45gということになる。この数字を頭に入れて食事制限をしなくてはいけない」
1日に摂取できる蛋白質量の計算方法
- ①標準体重を求めます。
- 身長が170cmだとすると、1.7m × 1.7m × 22 = 63.58kg
- ②「標準体重」×「標準体重1kgあたりの1日の蛋白質摂取量(0.6〜1.0g)」を計算します。
- 63.58 × 0.7(※) = 44.506 となり、1日の摂取蛋白量は約45gとなります。
※「標準体重1kgあたりの1日の蛋白質摂取量」とは、糸球体濾過量や蛋白尿の量など、症状によって異なり、0.6〜1.0gの中から決められます。この値を何にするかは主治医に決めてもらいます。 かつて私は独学で「この数字が低い方が体に良い」と考え、0.6gに設定し計算していたことがありますが、実は筋肉の減少を起こす0.58gを下回るケースがあるため、極端に低く設定しない方がよいとされています。筋肉の減少もまた腎機能の低下を進めることになるからです。低蛋白食を始めて体重が減り始めた場合は、主治医に相談しこの値を上に設定しなおします。
「??…すみません。食事制限ってカロリーを減らすとかじゃあないんですか?…蛋白質ってなんですか?」
エンドウさんはこの反応を待っていたかのように嬉しそうでした。
「うん、カロリーはね、減らさないの。今まで以上に摂るようにしてね。ただし砂糖か油でね」
「…減らさない…??え、さ、砂糖?油?」
「きみがしなくてはいけないのは蛋白質の制限なんだ。蛋白質はあらゆる食品に入っているよ。出来るだけ細かく、いろいろな食品毎にどれくらい蛋白質が入っているかをきちんと食品成分表で調べて、覚えなくちゃいけない。それと減らした蛋白質の分、筋肉が落ちないようカロリーをしっかり摂ってね」
自分が制限しなくてはいけないのはカロリーではないと聞かされたとき、正直面食らいました。逆にカロリーは摂れと。エンドウさん曰く、「角砂糖だったら一日12個くらいかなあ」と。私は口にはしませんでしたが、頭の中では「動物園の熊じゃあるまいし、人間が角砂糖を12個も食べるかよ」と考えていました。
エンドウさんが教えてくれた蛋白質制限の方法は、腎臓病食品交換表による単位法と呼ばれるものでした。グラムで考えると、後どれくらい食べられるのか計算するのがややこしくなるときがあります。そこで数字を単位に置き換え、計算を単純化できるようにします。蛋白質3gを1単位として、1日45gまで食べられる人ならば15単位まで食べられると考えます。
「小さめのお茶碗1杯のごはんは120gで蛋白質の量は約3g、
豚肩ロース肉脂身付き、手のひら半分位の大きさ20gで蛋白質の量は3.4g、
牛肉も肩ロース脂身付き、手のひら半分位の大きさ20gで3.2g、
という具合に蛋白質3gの食品の量を覚えてしまうんだ。肉は多少のばらつきはあるけれど(含まれる脂肪の量によっても違います)、ベーコンだろうがサーロインだろうが、20g中の蛋白質量は大体3gだと覚える。この蛋白質3gの食品量を1単位と考える。主食が1日3単位だったらおかずは一日12単位、主食が1日6単位だったら、おかずは9単位まで食べられると考えるんだ。」
エンドウさんは資料を指差しながら教えてくれました。
- 1日に食べられる単位数は15単位まで
- 朝、昼、晩、ごはんを食べるのなら1日3杯で3単位、残りの12単位はおかずとする。
- おかずの12単位は3回に分けて1食4単位とすることができる。
- 朝はタマゴ1個(蛋白質量6gで2単位)とするなら、昼、夜に余った2単位を振り分けることもできる。
- 朝、昼は抑えめに2単位ずつにして、残りの11単位を夜に回してちょっと豪勢にすることもできる。
その他、塩分の制限やカリウム、リンのことも聞きました。ただ、カリウム、リンについては、まだ腎機能が残っているので現状では細かく覚えなくてもいい、カリウムは野菜を湯こぼしして減らすくらいは覚えておいた方がいいと教わりました。
低蛋白食での工夫について
【蛋白調整食品】
私が慢性腎炎を宣告されたこの時代は、まだ蛋白調整食品は充実していませんでした。今は、蛋白質の量を0.1gまで下げたパックごはんとか、イタリア製のパスタなどあるので、積極的活用しましょう。このような蛋白質が調整された主食は、少なくなりがちなエネルギーを確保するのに便利です。主食を調整食品と置き換えることでおかずにバリエーションを持たせられます。
【腎臓病の食品成分に関する書籍をいつも手元に】
大学病院の売店や一般の書店でも医療のコーナーに置いてあります。
すべてを覚えようとするのではなく、よく口にする食品からチェックすると良いでしょう。
また表計算ソフトExcelを使って1g中の蛋白質量を計算して求め、自分が摂取した食品のグラム数を掛けてあげれば、実際の食べた蛋白質量が求められます。
- 例)正味量60gの豚バラ肉の蛋白質量が8.5gだとすると
(下線の数字を書籍から転記します) - 8.5g ÷ 60g = 0.14g/1g中
実際に食べた豚バラ肉が80gならば、
0.14g × 80g = 11.2g ← これが実際に食べた蛋白質量
また、マメに食品成分を調べることで、安心して食べられる食品の数を増やすことができます。食事制限は長く続けていく必要があります。バリエーションを広げ食事を楽しむことが継続のコツです。
厳しい現実
「絹ごし豆腐、木綿豆腐、焼き豆腐、蛋白質が一番低いのはどーれだ?」 「うーん、焼くと蛋白質が変質して減るのかも。焼き豆腐!」 「残念!正解は絹ごし豆腐でした。絹ごし豆腐は60g中2.9g、木綿豆腐は4.0g、焼き豆腐は4.7gで、焼き豆腐は一番選んではいけませーん」
といった具合で、エンドウさんはクイズ形式で蛋白質量を教えてくれます。
「うどん、そうめん、そば、スパゲッティ、麺類の中で蛋白質が低いのはどーれだ?」 「う、う、いや、そば!」 「残念、正解はうどんでした。うどんは茹でた状態200g中5.2gだけど、同じ分量でそうめんは7.0g、そば9.6g、スパゲティ10.4gでした」 「うーん、普通の人ならそばは栄養があるんですねえ。それにしてもスパゲティは蛋白質が高いですね。単位で言えば3単位をちょっと超えます。具材を入れたら1食5単位くらいになるかな」 「小麦が違うんだね。デュラムモセリナは普通の小麦と比べても蛋白質が高い」
陽気なエンドウさんの語り口と和やかな雰囲気で、私もすっかりリラックスしていきます。
食事制限の説明もあらかた終わり、このまま帰れたら気が楽だとも思いました。しかしちゃんと事実を聞かねばなりません。
慢性腎炎、人工透析のことをエンドウさんに尋ねました。
エンドウさんは表情を硬くして、すべてを丁寧に教えてくれました。慢性腎臓病は治らないということ。いずれシャントを作ること。腎臓の働き。腹膜透析、血液透析のこと。腎移植は難しいということ。食事の制限と共に運動の制限もあること(分速5mくらいで歩くように言われました)。あらゆる事に制約があり、それでも保存期を長く続けることができなければ、透析という時間の制約のある生涯を送らねばならぬ事。
「今日教えたことは、状況をすべて後送りにするための方法なんだ。失敗すれば前倒しになる。逃げることもとどまることもできない。とどまれば状況は悪くしかならない。だからしっかりと覚えて実践して欲しい」
にこやかだった表情はこわばったようにも見えました。強いまなざしを向けてエンドウさんはそう締めくくりました。
すべてが重くのしかかってくるようでした。沈み切った気持ちで部屋を出ると病院内は真っ暗です。診察時間はとうに終わっていました。ただ、窓口にはさっき案内してくれた若い看護師さんが待っていてくれ、玄関口に明かりを灯していてくれていました。
「帰りは気をつけてください。お疲れさまでした。お大事に」
その言葉が自分に投げかけられたものではないかのように、ぼんやりと耳に入ってきました。
「ああ、疲れた」
看護師の言った「お疲れさまでした」という言葉だけが頭の中でリフレインし、「うん、疲れた。疲れたよ」と繰り返されます。私は外灯の乏しい暗い街の中をゆっくりと歩を進めるだけでした。そして頭の中でぼんやりとこう思いました。
「うん、これはきっと何かの間違いに違いない…」
つづく
管理栄養士による栄養指導について
慢性腎臓病(CKD)であることを医師に伝えられたら、必ず栄養指導を受けましょう。もし管理栄養士がいない、腎臓の専門医がいない病院で、専門の方からの栄養指導が無い場合は、病院に対し他の病院などで受けられないか相談をしましょう。CKDの患者さんにとって栄養指導はとても重要なことです。
大きな大学病院ではCKDの患者さん向けに栄養指導セミナーを開催することもあります。こちらも活用しましょう。
こうしたセミナーでは、保存期の治療に必要となる書籍の紹介や、勉強の仕方、食事や検査結果を記録するシートを配布してくれると思います。食事の内容、塩分量、血圧、血液や尿の検査結果の記録は、保存期を長く延ばすために重要です。検査の数値の上下の変動を見ることで、食事の方法や塩分の摂り方に間違いがないかなどをしっかり振り返ることができます。
こうしたさまざまな記録を、時々医師や管理栄養士の方に見て頂くことも大切です。助言を受けながら、次の治療に繋げていきます。保存期は患者が主体的に治療に関わることがとても大事です。
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