2392

oruka

with Kidney プロジェクト

[ 新規会員登録(無料)] または [ ログイン ]

腎臓病(慢性腎臓病:CKD)・透析と正しく向き合い、知って、共感して、支え合って、自立する。
基礎知識やQ&Aコミュニティ、透析管理ツールやサポート情報など、元気に生活するためのすべてがここに。

新規会員登録(無料)

Oruka’s roomへようこそ!

【第12話】41歳の主婦大学生

2015.12.21

文:オルカ

緑の文字の用語をクリックすると用語解説ページに移動するよ。

じんラボ をフォローして最新情報をチェック!

【2014.09.25掲載】

イメージ

高校の卒業式は、ひとりでとぼとぼと会場に向かったわけですが、誰にも「おめでとう」と言ってもらえないのも寂しくて、晴れて高校卒業したことを母親に報告して「よかったね♪」と一言がもらいたかったのですが、予想外の反応でちょっぴりがっかりしました。

あれだけ長い間、高校中退のことを嫌がっていたのに「私、やっと高校卒業したよ」と伝えたら「ふ〜ん、それで…(以後自分の話)」と、さっと流されてしまいました(:;)
この時私は、この歳になってもまだ母親の承認を得たかったのだと気づきました。

なにはともあれ、これでいよいよ念願の心理学を学ぶ準備ができました(^0^)

透析をしながらでも学べる学校を探すために、この頃からインターネットというものを活用するようになりました。ネットの世界を知らないときは、危険で怪しいものと思っていましたが、家にいて世界中の情報が見られるのは便利なもので、通信教育で心理学を学べる大学を数校見つけることができました。

その数校の中でもスクーリングに通える範囲で、透析時間を確保でき、なおかつカリキュラムの内容が充実しているものとなると「ここしかない!! 」と直感で決め、その後はもう何の迷いもなく入学準備に取り掛かりました。

志望動機にはカウンセラーになりたいことと、心理学を学びたいという2つの思いを書きました。

初めて家に教材が届いた時の喜びは今も忘れません。高校を中退してすぐ働きだして、同級生だった友達が大学生になった時…。みんながキラキラ輝いて見えて楽しそうで、すごく羨ましかったことを思い出しました。あの時は強がって自分の気持ちに蓋をしていたけれど、あの羨ましかった大学生に自分がなれるんだって思ったら、まだ何の勉強もしていないのになんだか誇らしい気持ちになりました(笑)

パソコンでミニテストや単位認定試験を受けたり、レポート提出したりするのでパソコンができないとお話にならないということで、パソコン教室にも行き、SNSの同じ大学のコミュニティーに入って「どんな参考文献がいいのか? 」などの情報を得たりしながら、日々学びたかった心理学の勉強をしていました。

レポートを書くのも初めてだったので、本を読んだり同級生に聞いたりしながらなんとかこなせたんですが、スクーリングは午前と午後のコースに出ると透析に行く時間に間に合いません。なかでも認定心理士の資格取得に必須の「心理学実験実習中級」が4日間連続の午前、午後のコースなのでどうやって調整しようかと悩んでいたところに、大学病院から腎臓移植のドナーが現れたと連絡がありました。

これは来期にある心理学実験実習を受けるために、天からの贈り物が届いたに違いないと、なぜだか確信したオルカはなんの迷いもなく大学病院へ意気揚々と向かったのでした。

移植手術は成功し1ヶ月ぐらいで退院して、月に1度の通院を繰り返し半年が経過したぐらいから、徐々に不調を感じるようになりました。

移植手術翌年の5月に拒絶反応の疑いでパルス療法(ステロイド大量投与)を始めたのを皮切りに、拒絶反応と感染症を繰り返し移植を決意した理由の心理学実験実習を受講できないという事態が発生してしまいました。大学へ通いだした頃に父が他界していたこともあって、天から見守ってくれていると大船に乗ったつもりでしたが、さらに残念なことに再透析になって、結局リベンジで次の年に大学のそばの透析クリニックに近いホテルに泊まりこんで、大学の事務局や心理学実験実習のメンバーに事情を話して、授業を早退させてもらいながらなんとか実験実習の単位を修得することができました(^0^)

別の講義で大学のスクーリング中に、兄から連絡があって母の緊急入院を知らされて慌てて帰りに病院に行ったらICUに入っている母の姿を見て愕然としました。私は親不孝ばかりしてきたなと悔やみました。

そして母はその年の12月、兄と姪っ子の誕生日をさけた日に逝ってしまいました。

そんな山あり谷ありクロードチアリ(再び登場)の大学生活も無事卒業迎えることができました(^^) 卒業式には、現役卒業生のように袴まで着てしまいました(^^;)

卒業式の時の写真 卒業式の時の写真

思えば知識や希望は誰も私から奪うことはできません。父を失ったとき、母が亡くなった時、大学で学んだことが役に立ちました。そして、多くの方々に支えられて生きていることを改めて知って、私はカウンセラーになる夢をより強固にしたのでした。

◀前の はなし  次の はなし▶

この記事はどうでしたか?


  • 記事のクリップ機能を使うには会員登録が必要です
オルカ

オルカ
30代前半で透析導入して、透析中に読んだ本がきっかけで心理カウンセラーを目指し39歳で一念発起。
再び高校へ通い心理系の大学を卒業した後、カウンセラー養成講座を経て49歳のときに念願のカウンセリングルームOruka’s roomを開設しました。ブログを書いてます。

    こんな体験談が読みたい、私も体験談を書きたいなど、「研究員のはなし」にご意見をお寄せください!

    ご意見をお寄せください

    PR

    透析ライフガイドブック「患者がつくった透析のほん」

    →透析ライフガイドブック「患者がつくった透析のほん」 とは

    この"ほん"をご希望の方

    以下のボタンから申込フォームにお進みください。
    【New!】個人の方向けにkindle(電子書籍)版をご用意しました。
    冊子版をご希望の方はかかりつけの医療施設にお問合せください。


    申込フォームに移動します


    Amazonに移動します

    この"ほん"を手にされた方

    ご感想やご要望をお寄せください!!
    続編の希望などもあれば教えてください。

    じんラボを応援してください!