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【第4回】認知症の透析患者が感染症に罹ったら~穏やかな伸介さんが起こした騒動~
2024.9.2
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毎年9月21日は「世界アルツハイマーデー」、9月は「世界アルツハイマー月間」「認知症月間」です。認知症は、腎臓病と同じく誰もがなる可能性のある病気です。今回は、認知症の透析患者さんが感染症に罹った時のお話を紹介します。透析患者の高齢化の現状と、認知症についての関心と理解を深めるきっかけになれば嬉しいです。
透析患者の高齢化と認知症
2022年の調査※1では透析患者の平均年齢は69.87歳で、年代別では70代の患者さんが最も多く、80代、90代で透析をしている方もいます。皆さんの通っている透析クリニックにも高齢の患者さんが多いのではないでしょうか。中には、治療に協力的でない困った言動をとる患者さんもいるかもしれません。しかしその行動は、その人の性格によるものではなく、認知症によるものの可能性もあります。
認知症とは、「何らかの脳の病的変化によって、認知機能が障害され、それによって日々の生活に支障があらわれた状態」と定義されています。記憶力や判断力の低下、徘徊、攻撃的行動などさまざまな症状が起こる病気で、有病率は年齢とともに高まります。2040年には65歳以上の高齢者の6.7人に1人、約15%が認知症と推計※2されています。
※1:日本透析医学会『わが国の慢性透析療法の現況(2022年12月31日現在)』より(2024/8 アクセス)
※2:国立大学法人 九州大学『認知症及び軽度認知障害の有病率調査並びに将来設計に関する研究 報告書』より(2024/8 アクセス)
透析施設が認知症の患者に講じる対策
認知症の症状がある場合、透析中に騒いでしまったり、針を刺す時に暴れたり暴言を吐いたりしてしまうことがあります。透析施設は、本人と周囲の安全のためにさまざまな対策をとります。具体的には個室での透析や、鎮静剤の使用、暴れるなどの危険な行動がある場合は家族の同意を取り付けての身体拘束を行うこともあります。
しかし、こうした抑制的な手段は少し間違えれば虐待と受け取られかねず、透析中の患者さんの実態を知らない家族からすれば、その様子を見てショックを受けることもあります。安全のためだと頭では理解していても、気持ちがついていかなかったり、同意をしていても心変わりしてしまうこともあるようです。施設としても抑制は最低限に抑える努力をしているところが多いようで、私が通っている透析クリニックでも、言動に問題のある患者さんに対して、まずは透析中にしてはいけないことなどを根気よく口頭で説明しています。また、待合室で座っている時など、施設内でも透析をしていない時は、身体拘束などの抑制はしていません。
いつもは穏やかな伸介さんが起こした騒動
私が通う透析クリニックで透析をしている80代の伸介(仮名)さんは、認知症です。普段は穏やかで、透析中もおおむね安静にできるため身体拘束などはされていませんが、自分で歩けるので、穿刺を待っている時など目を離すとどこかに消えてしまい大変です。そのため伸介さんのベッドはいつもナースステーションの目の前で、職員がすぐにフォローできる体制になっています。
ある時、伸介さんが新型コロナウイルス感染症に罹ってしまい、個室で透析を受けなければいけなくなりました。普段は安静にできる伸介さんでしたが、体調が悪いのと、いつもと違うベッドで落ち着かなかったのか、透析中にわざと手を動かしたりして何度も警報を鳴らして職員を困らせていました。何度目かの警報の後、うんざりした年配の看護師さんが一言…。
「もう、いい加減にしてくださいよ!」
しかし、その後も数分に1回のペースで警報を鳴らし続け、透析時間は大幅に伸びてしまいました。気の毒ですが仕方ありません。そして透析後にもひと悶着ありました。
伸介さんは普段はクリニックの送迎車で透析に通っているのですが、感染症の患者は専用の軽自動車で1人ずつ送り届ける決まりになっており、今回は自分の番が来るまで個室で待っていなければいけませんでした。しかし、早く帰りたかったのでしょう、透析が終わるやいなや勝手に個室から出て、待合室の椅子に座っていました。うっかり目を離してしまった看護師さんが大慌てで伸介さんを呼び戻しに行ったようですが、伸介さんのいらだった怒鳴り声が響き渡りました。
「うるせえ、お前に関係ねえだろ!」
あまりにも大きな声だったので、奥のベッドでまだ透析中だった私の耳にも会話の内容はばっちり聞こえてきました。
看護師さんの説得も聞かず、悪態をついたり暴言を吐いたり大騒ぎの末、腕力のある男性技士さん2人がかりでやっと個室に連れ戻しました。その後も個室からの脱走を何度も試みるのでとうとう外側から鍵を閉められてしまった伸介さんは、内側から壁やドアをどんどん叩き……そうして15分程経ったでしょうか。ようやく伸介さんの送迎の順番がやってきた時には、透析室中の他の患者たちのため息が一斉に聞こえてきました。
この騒動、伸介さんが隔離透析をしている間は毎回続くこととなり、職員も患者も本当に疲れ果ててしまいました。もちろん、普段は穏やかな伸介さん本人にとっても大きな負担だったと思います。
本人の尊厳と治療の安全を両立するには…
認知症の透析患者の対応は難しいとはよく言われますが、普段は治療に協力的な患者さんでも、環境が変わると今回のように豹変してしまう例もあるのだなぁと感じました。
認知症による暴言や暴力は、体調不良、不安や混乱を感じたり、自尊心を傷つけられたと感じる出来事などがきっかけで起こることがあります。そして問題行動を止めようとして非難したり、無理に抑制するのが逆効果になる場合もあります。伸介さんの例も、感染症による体調不良、いつもと違うベッド、厳しく諌められたことなどが重なり、今回の騒動となったのかもしれません。
騒動になる前に抑制していれば…と思うかもしれませんが、もともと問題行動をとる患者さんではないため家族に抑制の同意を得ておらず、針が抜けるなどの重大事故でも起きない限り、施設側も安易に抑制することはできないのだそうです。そのあたりはなかなか難しい問題だと思います。本人の尊厳と、周囲を含めた治療の安全性や円滑化をうまく両立させなければいけませんからね。
今後、団塊の世代が後期高齢者へと突入し、透析患者の高齢化も引き続き進んでいくでしょう。各医療機関が、認知症などさまざまな合併症のある高齢透析患者への対応を考えていかなければいけない時期に来ているのかなと思います。
ところで、高齢の透析患者を介護されているご家族の方は、施設の許可が得られるようであれば、一度ご本人が透析を受けている様子を見てみると良いと思います。透析がどのように行われているのか、また患者さんがどんな様子でいるのかを知ることは、医療者とのさまざまな認識のずれをなくす一助になるし、治療方針などの相互理解につながると思います。
参考
- 政府広報オンライン「知っておきたい認知症の基本」(2024/8 アクセス)
- 厚生労働省「認知症施策」(2024/8 アクセス)
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