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【第9話】もう一度車を運転したい~挑戦することを阻まれてしまう社会~
2025.7.7
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透析患者は高齢者が多く、加齢による身体能力や活動性の低下や、他のさまざまな病気の合併によって足が不自由になっている方もいらっしゃいます。実際、杖をついたり、車いすで透析に来る人もたくさん見かけますよね。
今回は、そんな足が不自由な透析患者の中でも比較的若い、50代の博則さん(仮名)の話です。
右足を失った透析患者の博則さん
博則さんは私が通う病院で透析をしている患者さんです。ところで皆さん、まだ50代なのに足が不自由とは一体どういうこと?と不思議に思ったかもしれません。
実は博則さんは若い頃に糖尿病になり、血糖コントロールが上手くいかなかったために、若くしてさまざまな合併症を発症してしまいました。特に足にできた水虫がきっかけで感染が広がり、右足が壊死してしまい、切断しなければならなくなってしまったのです。
太ももの真ん中あたりから切る「大腿切断」をする必要がありました。医師からは義足を作って歩行のリハビリを勧められましたが、糖尿病の影響で傷の治りが悪く、せっかく作った義足も痛いだけで足に合わず、リハビリもなかなか進みませんでした。その結果、普段の生活は車いすになってしまったのだそうです。
しかし、まだ年齢の若い博則さんは、どうしても車を運転したいと言います。
その一方で、入院生活が長かったせいで運転免許や車検が失効しているうえに、筋力も落ちてしまい、車いすから運転席への移乗や、車いすを自力で車内に収納することなど、課題は山積みなのです。また、右足を失っているため、アクセルとブレーキのペダルを左右逆に付け替えるなど、車の改造も必要になります。
高齢者であれば、身体機能の低下や車の改造費、手続きの負担などを考え、運転そのものを諦める人が多いかもしれません。しかし博則さんはまだ50代。どうしても諦めきれないようで、「危ないから運転はやめて」という妻と喧嘩になってしまうのだそうです。
このような問題は、なかなか難しいところがあるのではないでしょうか。
もちろん、体や精神の状態が運転に適さない場合は運転免許を返納すべきですが、本人に強い希望があり、運転能力もあって環境も整えられそうなら、どう判断すべきか悩ましいところです。
とはいえ、家族の気持ちも理解できます。障害のある夫がどこかで事故にでも遭ったらと思うと、家族としてはとても心配な気持ちになるでしょう。
正解はありませんが、博則さんの場合は、家族とよく話し合って、理解を得ていくしかないのではないでしょうか。
「何かあったらどうするんだ」と止められてしまう社会
車の運転に限らず、障害のある人が何かをしようとすると「危ないから」「前例がないから」「何かあったらどうする」などと反対されることが少なくありません。社会からの圧力だけでなく、家族や親しい人からもそう言われてしまうことも多く、皆さんもそんな経験をしたことがあるのではないでしょうか。
そのようなときは、「自分はどうすればできるようになるのか」「サポートが必要な場合は、何をどうしてもらえると助かるのか」などを、時間をかけても良いので少しずつ伝えてみるようにしましょう。
はじめのうちはあまり真剣に聞いてもらえなかったとしても、対話を重ねることにより、お互いの理解が深まっていくはずです。
私は視覚障害があるため運転免許は取れませんし、運転をしたいと思ったこともありません。それでも、さまざまな場面で「何かあったらどうするんだ」という感じの対応をされた経験はたくさんあります。
人はどこかで「未来は予測できるもの」と思い込んでいる節があり、不測の事態が起こると責任のなすり付け合いになりがちですよね。社会全体がそんな状態だと、新しいことをやってみようという人も現れないし、結局何もしないでいるのが一番良いということになってしまうのではないでしょうか。
でも、未来は本来、予測できるものではありません。何か問題が起きた際、責任を追求し合っても解決には繋がりません。大切なのは、失敗から学び、次にどうするかを考えていくことだと思います。
さて、博則さんはその後どうなったのかというと、現在は障害者向けの自動車教習プログラムを行っている教習所に通い、下肢障害者向けに改造された車で教習を受けています。そして免許を再取得し、自分の車も改造して、またドライブを楽しみたいのだそうです。
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