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【第1話】特許を出願するんです
2014.9.16
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皆さん、はじめまして。医師の宮本研と申します。現在は千葉県柏市の民間病院で常勤医として働いており、入院&外来透析の患者さんを診療しています。また2006年から製薬企業を中心としたヘルスケア関連企業で人材研修を、2008年からは製薬業界誌で連載も書いているちょっと変わった経歴となっています。
普通「お医者さん」「先生」といえば、臨床や研究といったプロフェッショナルの道を生涯にわたって探究していくものです。私の場合は個人的な疑問も手伝って病院を取り巻くビジネス界に興味を抱くようになり、その道から少しはみ出てしまいました。でも俯瞰(ふかん)的にみずからの職業を眺めることができるようになると、善意で努力する多くのビジネスパーソンが日本の医療を支えている事実が見えてきます。医師は独りよがりな考え方になりやすい職業ですから、できるだけ違う世界に触れなければいけませんね。
もちろん病院で診療しているときにも”違う”ことに驚かされて、新たな考え方を教えていただく機会があります。そこで私がまだ駆け出しの腎臓内科医だった頃の話を今回は取り上げます。
ある病院では平日夜の透析室を若手医師の当番制としていました。いわゆるアルバイト勤務です。週1回決まった曜日になると自分の病院から急いで出かけていき、その病院に駆け込みます。日中の透析担当医から状況報告を受けると、あとは夜間透析の5時間ほどを一人で担当する仕組みでした。
教科書でいくら勉強していても、本物の透析室で直面するさまざまな事態は何かと難しく感じました。医薬品の品揃えは病院ごとに違いますし、処方箋や注射伝票の記入法、カルテの記載欄すら異なるからです。当時25名ほどの患者さんに、何事もなく予定通り透析を終えていただくのが私の任務でした。
アルバイト勤務が始まると回診の順番が決められている透析室と分かり、回診をいつも時計回りに進んでいくことになりました。最初に問診する患者さんは毎週同じ方になります。前の週からのご病状に変化があったか看護師や技師から聞いてはいますが、短い会話しか交わさない回診であってもとても緊張しました。ほかの患者さんも新米の医師が回診してくるのをテレビを観ながら待っていらっしゃいます。仕事だからと緊張感をほぐしながら患者さんの不安や症状を懸命に聞き取り、今夜中に自力で対応できるかどうかを考えていくわけです。
1年交代のアルバイトで来たばかりの若手医師ですから、なにかと経験不足は否めません。返答に窮して困っていると患者さんから優しくおっしゃっていただき、救われる場合もありました。冷や汗をかきつつ密かに感謝したものです。
そんな回診を何週間か続けていました。お互いに顔と名前を覚えると当初の緊張感はだいぶ和らぎます。私もそれぞれの個性や既往歴を覚えて医学的な返答がしやすくなりました。最初の患者さんとの会話で和んだあとの2人目の患者さんは、いつも控えめに応対される方でした。きっと毎週慣れない若手医師を相手に気を遣っていただいたのでしょう。
あるとき2人目の患者さんがカバンからレポート用紙のようなものを取り出して「先生、見てください」とおっしゃいました。他科での検診結果かな、と思って受け取るとそれは初めて見る“特許申請の書類”でした。白衣を着た私はそれをじっと眺め、ここが透析室であることを一瞬忘れそうになりました。
「今度の特許はねえ、ここが凄いんですよ」と控えめながらも、生き生きとした表情で発明品を説明する患者さんは血液透析中であることを忘れさせるほどの活力に満ちていました。職業柄、医師は患者さんをどうしても疾患を中心に捉えがちです。でも病気とは無関係のお話になったとき、その方の生き方や希望、夢が本当にキラリと輝くことがあるのです。その夜の透析室で修行中の腎臓内科医が目撃したのは、創意工夫で構造を細かく改良しもっと役立つ発明品を世の中に出したいと語るひとりの熱意あふれる男性の姿でした。
その後もときどき新しい特許出願書を見せていただいたり、実際のプラスチック製サンプルを頂戴したこともありました。掌に乗るほど小さな部品でしたが、そこには患者さんが腎臓病にくじけず、毎日考え抜いていらっしゃる時間が詰まっているように感じました。
医師が患者さんから学ぶことは治療や病態生理だけであってはいけない、と気がつくきっかけとなった私なりの大切な経験です。時々あの頃を思い出しては一人前に育てていただいた透析患者さんにいつも感謝しています。
(米国生活で、自己穿刺の経験がある透析患者さんのお話)です。
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