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【第7話】腎臓病の白熱教室
2015.9.28
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「腎臓の働きが少しずつ下がっていますね」と医師から言われても、詳しい意味が分からずに戸惑う患者さんは少なくありません。もともとの健康に自信がある方は「べつに痛みもないし、食欲だってあるのに何故だろう? 」と慌ててしまいます。
“沈黙の臓器”とも呼ばれる腎臓は、その働きが半分以上失われていても明らかな自覚症状が出ないことがあります。しかも「血液検査のクレアチニン値が上昇しているから腎臓が弱っている」「尿蛋白が前回よりも増えている」という医師のコンパクトな意見を正確に理解するための知識を、日常生活では身につけるチャンスが少ないわけです。腎臓の総合的な働き具合を科学的に考えている医師と、その機能低下を日常で自覚しにくい患者さんでは、同じ診察室の中にいても意見の不一致や疑念が生じやすいのです。
各地の熱心な医療機関では、患者さんを診察時間以外にサポートするため“慢性腎臓病(CKD)教室”を開催しています。限られた診察時間では伝えきれない慢性腎臓病の基礎知識や進行防止策、さらには将来的な透析療法や腎移植までを講義形式で説明するわけです。医師だけなく看護師や薬剤師、管理栄養士も登壇して、それぞれのプロフェッショナルな経験から患者さん向けに分かりやすくお話をするので、皆さんの疑問点はだんだんと解決していくはずです。
都内の市中病院から大学病院に戻った頃の私も、高齢化社会で増えている慢性腎臓病患者さんたちのお役に立ちたいと思い、腎臓病教室を独自に企画しました。医局の同僚医師には各回での講師をお願いして、月1回開催のシリーズとしたのです。
診療を担う腎臓内科医として悩むのは、私たちが顕微鏡レベルよりも詳細に理解している腎臓の複雑な構造と機能を、患者さんたちに口頭で理解していただく点です。著名な医師が監修し製薬企業が配付している説明パンフレットをお渡ししても、さらりと理解できるという方は少数派です。「先生がそう言うのだから」と、習得をなかば諦めてしまっているのでは長く続く保存期治療を乗り越えるのが難しい。だからこそ大学病院にも講義形式での説明会が必要だと考えました。
企画開催にあたって私がとくに意識したのは、腎臓病教室の講義内容をあえて“簡略化しない”点でした。各医師は専門分野に詳しく、まだ実用化されていない基礎研究や最新の治療法について科学的な知識を持っています。それらを同僚医師にも、医学部生へ講義するのと同じようにきちんと説明するように依頼しました。
患者さんたちが難解だと感じても、医療の進歩が続いている事実を知ることができます。「将来は画期的な治療法が発見されるかもしれない」という正しい希望を持つためには、医師の卵たちが学ぶのと同じ水準の講義が必要なのです。大学病院の医師は若い学生や研修医にも教育を行うので、話し上手な先生が多いのも幸いしました。
また腎臓病分野は不思議な健康法や健康食品、謎のサプリメントが溢れており、科学的根拠が不明な製品に患者さんが騙されてしまう可能性が高いのです。「この新しいサプリメントでクレアチニン値が下がった!」といった健康雑誌の見出し文句に淡い期待を抱き、高額な製品を買ってしまう方がいらっしゃいます。医師への不信感や病気についての知識不足を解消するために、腎臓病教室を通じて「本当に正しい進行予防法とは何か? 」をお伝えすることが医師の責務でもあります。
腎臓病教室のビラは私を含む腎臓・高血圧内科の医師たちが診察中に配付し、病院広報や地域コミュニティ紙にも各回で載せてもらいました。大きめの院内会議室を借りて当日に待っていると、患者さんたちがご夫婦やご家族で複数いらっしゃいました。あえて予約制にせずどなたでも参加可能で、しかも参加費は無料です。大学病院の腎臓内科医が説明する珍しい会ということで、近隣の病院へ通っている患者さんも参加されていました。
せっかく診察時間以外に病院へいらっしゃるのだから患者さんたちに手元資料を差し上げようと思い、製薬企業の担当MR(医薬情報担当者)たちに依頼して各社の慢性腎臓病用パンフレットを多数取り揃えました。高血圧には漫画形式の説明パンフレットがあり、糖尿病には詳しい食事メニュー表があり、それらを繋ぐように多数の腎臓病パンフレットがずらりと並ぶ光景は珍しいものでした。普段から無料配付用ですし、平積みにしても並べきれないほどの量と出来映えの良さをあらためて確認し、治療薬を開発して販売する製薬企業の役割も治療には重要だと思いました。
パンフレットを提供してくれたMRには、腎臓病教室を聴講するように促したので、医師の講義を熱心に聞く患者さんたちの後方にスーツ姿のMRたちが座ってメモを取っているという、これも珍しい光景が繰り広げられました。営業職として専門的な知識を磨くMRたちにとっても、腎臓病患者さんの熱心な聴講ぶりを間近で目撃してモチベーションが高まる機会となったそうです。
各回で講師や進行役を務めていた私は、診察室や病室よりも自然体で聴講する患者さんやご家族の姿に感心する一方で、少し複雑な気持ちを抱くようになりました。80歳を超える患者さんが「私のクレアチニンは2(mg/dL)ぐらいで上下しています。これを(食事療法や内服薬調整で)もっと頑張れば良くなるということですな? 」と真剣に質問されたりする。本来は診察中に医師が患者さんへお伝えし、治療方針を納得していただくべき事項について腎臓病教室で復習しているのです。外来の主治医として多忙な時間をやりくりしながらお伝えしているつもりでも、しっかりと納得していただいていない事実を確認しました。
毎月とはいえ診察時間が数分単位では、年間を通じてお会いする外来の合計時間よりも1回の腎臓病教室のほうが長くなってしまう。各患者さんに知識の不公平が生まれてはいけない面もあり、腎臓病教室の課題も見えてきたのでした。
その後大学病院からの転勤に伴って、当医局の腎臓病教室は一旦終了となったのですが、聴講された患者さんやご家族も担当MRたちも講師を兼ねた私にとっても、あの白熱した質疑応答が懐かしく思い出されるのでは? と思っています。この病気を治したい、もっと学びたい、必ず良くなりたいという聴講姿勢は専門の医師が驚くほどに熱いものでした。
現在は各種の医療情報サイトや患者さん向けサイトが大幅に増え、当時よりも正しい腎臓病知識を入手しやすくなっています。この「じんラボ」もそうですし医師が経営する複数の医療情報サイトが、患者さん向けに最新の医学情報を公開しています。
それらをご家族と一緒に読みこなして自らのお身体を調子よく保つことは、将来的な不安を減らして主体的な治療を実現するために重要です。いつどこにいても、あの白熱教室のような勉強機会がインターネットでも充実し、これからも多くの腎臓病患者さんに提供され続けることを願っています。
(患者さんから教えていただく近現代史について)です
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