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【第9話・最終回】内シャントの不思議
2016.2.8
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いつも当連載をお読みいただき、誠にありがとうございます。透析医療に関わる医師の一人として書き連ねてまいりましたが、今回が最終回となります。
さて、私が腎臓内科医として最初の修業を始めたのは2003年春のことでした。初期臨床研修後に大学医局から派遣された国立病院には透析室がなく、修業のために関連する市立病院へ週1回、外勤医(アルバイト)として通ったのです。地域の拠点病院であり、腎臓内科はすでに多くの患者さんを抱え、腎臓病の診断・治療に加えて血液透析と腹膜透析についても積極的な施設でした。
内シャントについての知見は、この市立病院での外勤日に手術室内で学びました。実は腎臓内科としては少数派ですが、自己血管を繋ぎ合わせる基本的な内シャント作成手術を外科系へ依頼せず、担当する内科医自身が行っていました。ベテランの部長や先輩と一緒に毎週手術室へ入るのは、内科系を専攻したことを考えると不思議な気分でした。しかし各科を3ヶ月ごとに回る臨床研修中に大学病院の外科系で手術室に入る機会が多かったため、術前の手洗いやガウン着用などはさほど緊張せずに対応できました。
とはいえ、最初に内シャント手術の第2助手(3番目の医師)を務めたときのことはあまり良く覚えていません。手術の創部があまりに小さく狭くて、3番目の位置では何が実際に起こっているのか詳しく見えなかったからです。大人3人が患者さんの手首周辺に座り込んで、頭がくっつきそうになりながら細かい術野をのぞき込む光景は、他の手術とは雰囲気がだいぶ異なります。しかも慢性腎不全患者さんは前腕だけの局所麻酔なので、術中はしっかりと覚醒していらっしゃいます。もちろん必要に応じて会話も可能です。
内シャント手術の基本は、前腕の手首付近で橈骨動脈(とうこつどうみゃく)と橈側皮静脈(とうそくひじょうみゃく)を細い糸を用いて吻合する方法です。橈骨動脈は拍動が強く「手首で脈を測るときの血管」、橈側皮静脈は皮膚の表面に近いので「点滴や採血をする血管」です。この両方を皮下で周辺組織から剥離しながら持ち上げ、わずか8mm程度の穴で繋ぐように極細の糸で縫い上げる手術となります。
人間の身体は血管を横つなぎ(血管のバイパス作成)されることを想定されていません。血液透析を施行できるよう、局所麻酔薬を使いながら一種の改造を施すわけです。手の親指側を走る橈骨動脈はあらゆる衝撃に強いよう、皮下や筋肉に守られるようにして深部に存在します。周辺には細かい結合組織があって、血管や神経が普段からおかしな位置にずれないよう固定しています。まずは血管だけを上手に持ち上げるまでを訓練し、次第に血管の細かい枝を結紮(けっさつ)したり、切断することに慣れていきます。そして吻合手術は、目も眩むような細かい作業となります。
こうして内シャント手術をくり返しながら、だんだんと手術のコツを掴むようになると、1年間でだいたいの手順をこなせるようになりました。
手術の上達にはもうひとつの理由があります。患者さんの内シャントが完成して病室へ戻ると、公式な医療記録としてカルテ内に綴じ込むために、手術記録を手書きで作成することが義務でした。当時の私はもっとも若手の医師でしたから、あとで上司に確認してもらうことを想定して手術記録を懸命に書いていました。
最初にどのような局所麻酔を注射して、皮膚をメスでどのように切開して、皮下をこうやって剥離しながら…、という内容を医学用語で簡潔に記します。これは後ほど他の医師が内シャント手術を再確認する際にも有用な記録です。分かりやすいよう本文の横には血管の縫合様式を図で示していました。
優秀な外科医はすべての手術過程を後で思い出せると言いますが、懸命に手術記録を書いていてその意味が分かるようでした。術中のほんの数秒間の出来事でも、たしかに「目が覚えている」と実感できました。
こうして次の赤十字病院、大学病院と移籍しても、私は内シャント手術を術者として実施できるようになったのです。助手には若い研修医を従える場合も増え、自らが身をもって学んだ血管縫合のコツを実地で伝えるようになりました。そして、内シャント手術の奥深さを学ぶとともに、作成した血管縫合がこれから何年も順調に維持されて、良い血液透析が実施できることをいつも祈っていました。
内シャントは医療の発展にともなって生まれた不思議な存在です。先述したように本来は存在しない血液の流れ(動脈血が直接静脈血にひたすら混合される)を人工的に創り出したもの。ところが、内シャントは勢いよく流れ込む動脈血を拡張して受けとめ続けるだけでなく、数ヶ月から数年をかけて“成長”していきます。血管の壁が肥厚していくことで、不意の衝撃にも強くなります。また、血液透析中に2本の透析針が内腔に留置されるにも関わらず、穿刺部から急に破けてしまうこともほとんど起こりません。吻合後も材料は自らの血管ですから動静脈に備わっている免疫や再生機構も働き、内シャントが細菌感染を起こすことも少ない。
数十年前に内シャント手術を考案した医師の秀才ぶりに驚く一方で、この血管縫合が数多くの透析患者さんを助け、長年の透析治療を可能にした事実には驚くばかりです。その中には私が作成した内シャントも含まれることでしょう。
透析患者さんからは「不格好にコブとなった内シャントが嫌です」という率直なお話も多く伺います。「いつか目詰まりしたり、突然破けたりするんじゃないか不安です」というお声も少なくない。でも、この内シャントの不思議を実際に証明し、皆さんが毎回使いこなしていることで透析医療の大きな進歩をもたらしてもいるのです。
「夏でも半袖が着られない」という患者さんや「別に気にしていません」とおっしゃる患者さんまでご意見はそれぞれですが、良好な透析結果を得るために内シャントはまさに“大切な命綱”です。
血液透析を受け続ける日々は、心身に大きな負担となりえます。透析治療を中心にしながらの生活が苦痛であるという告白も、現場に携わる医師として多く伺ってきました。医師は患者さんに成り代わることはできませんが、何とか心痛を軽くして差し上げたいと思うもの。
いつかは弱った腎臓を見事に再生する先端医療が実現して、透析医療を皆さんが卒業できる日も来ると信じていますが、現在はその内シャントを大切にしていただき、苦しいときも前向きに進んでいただければと思います。
当連載は終了しますが、引き続き一人の透析医としてこれからも医療現場に向き合っていく所存です。当連載をお読みいただき、厚く御礼申し上げます。
完
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