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透析の友・本の紹介【11】
いしいしんじ 著『トリツカレ男』
2015.11.16
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紹介する本:いしいしんじ 著『トリツカレ男』
私は多趣味なところがあって、さまざまなことに興味を持つ習性があります。文章を書くこと、自転車乗り、図書館巡り、小旅行、写真、映画鑑賞、模型作り、料理、文房具集め…などなど。ですが、この多趣味というのは他人から見れば「何にでも首を突っ込む」とか「飽きっぽい性格」といったあまり良くない印象があるのかなと、少々後ろめたい気持ちになることもあります。本人は楽しいと感じているし、子供の成長にもいろいろと役立っているようにも思うのですが…。
今回紹介する本は「多趣味の男」とも言えるちょっと変わった男の話です。本のタイトルは『トリツカレ男』。筆者はいしいしんじさんで、以前紹介した『麦ふみクーツェ』の作者です。いしいしんじさんの作品の中には、どこか変わった人物だとか、障がいを持つ人物が多く登場します。
この作品の主人公は街のみんなから「トリツカレ男」と呼ばれるジュゼッペという青年で、普段はレストランの店員をしています。どうして「トリツカレ男」なのかと言うと、何かに夢中になってしまうと寝ても覚めてもそのことばかりに取り組んでしまうのです。レストランの店員として働いていても、ある日突然オペラにとりつかれてしまい、お客にピザを出しながらもめったやたらと歌いまくる日々。周りに迷惑だとしてもおかまいなし。街の人たちも初めはうるさくて迷惑に感じますが、次第に慣れてきた頃合いでジュゼッペの歌は突然聞こえなくなります。どうしたのかなと思うと次のトリツカレが始まっているのです。
今度はランニングと短パン姿でジュゼッペが街に現れ、三段跳びにとりつかれてしまいます。レストランへ向かう途中で助走をつけてホップ、ステップ、ジャンプ! それを巻き尺で記録し、結果が気に入らないのかまた三段跳びを続けてしまう。お店の中でも三段跳びを止められなくて、左、左、右、左、左、右のステップで厨房口まですっ飛んで行きます。それでも皿の中身は一切こぼさないという妙技でお店は大繁盛となりました。
その後もジュゼッペは次々に何かにトリツカレます。探偵ごっこ、外国語の通信教育、なぞなぞ、カメラ集め、潮干狩り、綱渡りに腹筋と背筋運動、サングラス集め、使い古しの封筒集め、ガラス吹き、刺繍などなど。ジュゼッペが新しく何かに手を出すたびに、街のみんなは顔を見合わせて「しょうがないな、ばかげたトリツカレ男だから」と苦笑いです。
彼の唯一の理解者は人間ではなく、人間の言葉を理解できるハツカネズミ。そのハツカネズミが「トリツカレ男」のことをこう話しています。
「ほら、みてくれ! ほら、シャツの背中に、港の様子がぬいあがった! 」
興奮したジュゼッペが、そのへんてこりんなワイシャツをひろげてみせると、ネズミは何度か、感心したふうにうなずき、
「なにか本気でとりつかれるってことはさ、みんなが考えてるほど、ばかげたことじゃあないと思うよ」
「そうかい? 」
「うん」
とハツカネズミ。
「そりゃもちろん、だいたいが時間のむだ、物笑いのたね、役立たずのごみでおわっちゃうだろうけど、でも、きみが本気をつづけるなら、いずれなにかちょっとしたことで、むくわれることはあるんだと思う」
第1章 「ジュゼッペ」より
ハツカネズミが言うとおり、彼の経験はこの後の人生で一番大事なことで役に立つのです。
ある日ハツカネズミと公園に散歩に出かけたジュゼッペは、風船売りの女の子と出会い恋に落ちます。名前はペチカという外国から来た女の子。さてトリツカレ男が恋にとりつかれると、これはどんなお話になるのか。
ぽこん! やっと水筒のふたがあいたとき、ジュゼッペはベンチから前のめりに飛びあがり、肩からずり落ちかけたハツカネズミは、思わず、
「きゃあ! 」
と叫んだんだ。
その声のせいかどうかはしらない。女のこは、ベンチのジュゼッペに目をやって、水筒をふりながらにこっとほほえんだ。ジュゼッペはぐじゃぐじゃのパンを自動人形のように頭上にかかげ、ゆらゆらと動かしてた。まるでメトロノームさ。
おかしそうに口をおさえ女のこがいっちまったあとも、ジュゼッペの頭の上から、みじめなサンドイッチの残骸がぼとぼととふってきてた。オリーブやらツナやら、手製のマヨネーズソースにまみれたソーセージやら。肩の上でトマトを受け止めたネズミは、
「とりつかれちまったね、きみ」
チーズをのみくだしたあとこうつづけた。
「ものの見事に」
第2章「ペチカ」より
「トリツカレ男」として得た経験をうまく活用して、ジュゼッペはすっかりペチカと仲良くなります。ですが恋にとりつかれたジュゼッペは、ペチカの笑顔が本当の笑顔ではなくまだ何か苦しみを抱えていることに気がつきます。ジュゼッペはペチカの不安を解消するため、人知れず彼女をサポートしますが、それでも彼女の不安は解消されません。実はペチカの心の中には、忘れられない死んだ男性の姿がありました。ジュゼッペが真実を知った時、彼は気がつきます。ペチカの本当の幸せのために最後に「トリツカレ男」としてできることは…?
おそらく1回の透析時間のうちに読み終えることができるくらいのページ数です。80年代のアメリカのコメディ映画のような場面が活字から伝わり、面白可笑しく読み進めますが中盤からは涙が止まらなくなるかもしれません。ジュゼッペのピュアな愛情が読者の心を洗います。そして序盤に無造作にばら撒かれたパズルのピースが、感動のエンディングに向けて一つひとつ組み合わさっていくのはある種の快感があります。大人のための童話です。ぜひ読んでみてください。
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