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透析の友・本の紹介【6】
いしいしんじ著・『麦ふみクーツェ』

2014.12.4

文:よしいなをき

2425

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紹介する本:いしいしんじ著・『麦ふみクーツェ』

妻に捧げた1778話 いしいしんじ著:新潮新書(本体667円+税)
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今回紹介する本は私の本当に大好きな作品です。いずれ自分の子供にも読ませたいと思っているのですが、なぜかいつも手元にないのです。前にも少し書きましたが、私は自分が好きな本を人にあげてしまうというヘンなクセがあり、今回もこの本を紹介するにあたり街の書店にまで足を運んで買ってきました。この本を買うのはこれで3冊目になります。

まず開いて字面を眺めていると、本当にやさしい表現で書かれています。中高生でも読めますが、内容は大人のために書かれた童話といった感じです。心静かに活字に目を落とせば、この作品の独特の不思議な世界に引き込まれていくと思います。

物語は“ねこ”と呼ばれている少年が主人公です。町役場の吹奏楽団のリーダーの祖父“おじいちゃん”と、数学の素数にとりつかれたお父さんと暮らしています。

外国なのかどこかだかよく分からない島国の港町を舞台に、ねこはいつも祖父のそばにいて楽団の音楽を聞くうちに次第に音楽の「空気」が見えるようになってきます。そうして音楽の才能に目覚めていきます。

また、ねこは幼い頃から不思議な体験をしていて、一人でいるときに「とん、たたん、とん」という不思議な音、何か柔らかいものを叩くような単調な音を聞くようになります。この音が聞こえてくると、麦わら帽をかぶった小人のような存在“クーツェ”が出てくる。クーツェとはいつも会話にならないようなチグハグな会話をするのですが、この会話が行われたあとは、ねこや街の人たちに何か大変なことが起こり、時には素敵な出来事が起こります。

ねこは幼い頃から年齢を尋ねられて答え返すと、相手にぎょっとされるくらいとても体の大きな少年なのです。赤ん坊の頃から祖父にあやされ、猫の鳴き声を真似しているうちに本当に猫のような鳴き声ができるようになります。そこで町役場の吹奏楽団の中では、猫の鳴き声のパートを持つようになります。

ねこの周りでは次々と悲喜劇が起こります。

町役場の吹奏楽団は時間つぶしのために集まった楽団でしたが、おじいちゃんの厳しい指導で島一番の大都市でのコンクールに優勝するなど、物語は序盤から大きな盛り上がりを見せ、ある時、港町をとんでもない災難が襲います。

大風が吹き、その風に乗って街を覆いつくさんばかりのねずみが降ってくるのです。 街の人たちは役所の人たちとなんとかねずみを駆除しようとしますが、闇に紛れたねずみたちがまだまだ残っていました。肉屋の主人がねこに、「お前の猫のものまねで、どうかねずみを追い払ってくれないか」と提案します。この方法は一見うまくいったかに見えたのですが、この後、街や楽団たちにとんでもない事態が起こります。

…その後、成長したねこは港街の中学を卒業して、大都市にある音楽学校に通うことになります。しかし、彼は人一倍大きな体と、独学で得た音楽技術とで学校の中で「浮いた」存在となってしまうのです。大きな体のことでいやがらせを受けたり、また彼の奏でる音楽は「ぜんぶ、でたらめだ!」と教師からも否定されてしまいます。

ふるさとの港町を離れて一人、自分の音楽に自信を無くしていくねこですが、彼には徐々に「他の人とは少し違った」友達ができます。盲目のボクサー“ちょうちょおじさん”、色の識別ができないガールフレンドの“みどり色”、そして音楽の師匠となるやはり盲目の音楽家の“先生”。自分と同じように、他の人とは少し違う友達との交流で、ねこは次第に自分が進むべき道を見つけていくのです。

この物語の中では障がいを持つキャラクターが非常に重要な役割として登場し、迷いながら音楽の道を進む主人公のねこを支えていきます。とりわけ、盲目のボクサー“ちょうちょおじさん”の魅力が際立ちます。彼のことが描写されている部分を、少し長いですが引用してみましょう。

「すぐまうしろで、背広にかみそりをいれる音がきこえたんです。ふだんなら放っておくんですが、被害にあいかかった男は、ばあさんに席をゆずったばかりでしてね。こりゃあなんとも気の毒だから、すりの指が財布にふれた音をきいた時点で、ふりむいて、あごの左側をこすってやったんです。なに、折れちゃいませんよ」

 記録によれば、この人物は、わが国のヘヴィー級三位まであがった元名ボクサーである。試合中の事故で視覚を失ったものの、リハビリテーションを積み、現在はスポーツトレーナーの職についている。

「目が見えなくなったのがよかったのか、それとも悪かったのか、いまとなってはよくわかりません。ただね、なくなったものを無理にとりかえそうとは思いませんね。今回はまた、柄にもないことをしたものです」

「十一月三日のスクラップブック」より

ねこは先生との会話の中で、「人と違う」ことの意味に気がついていきます。

「へんてこで、よわいやつはさ。けっきょくんとこ、ひとりなんだ」
と口の端からつぶやいた。「ひとりで生きていくためにさ、へんてこは、それぞれじぶんのわざをみがかなきゃならない」
「技?」
とん、たたん
「わざだよ」
先生はこたえた。「そのわざのせいで、よけいめだっちゃって、いっそうひどいめにあうかもしんないよ。でもさ、それがわかっててもさ、へんてこは、わざをさ、みがかないわけにはいかないんだよ。なあ、なんでだか、ねこ、おまえにわかるか」
「それは」
たたん、とん
ぼくは足ぶみのようにひとことずつ区切っていった。「それがつまり、へんてこさに誇りをもっていられる、たったひとつの方法だから」
「へえ」
と先生は口をとがらせ、「ねこのくせに、よくわかってやがんの」

「へんてこさに誇りをもてる唯一の方法」より

この本は、幾つもの短いお話の重なりからなり、ねこという特異な少年の成長を描いた長編小説です。きっと、この物語で語られる言葉が、読んだ方の気持ちと重なりながら心に留まるように思います。時間をかけてじっくりと少しずつ読み進んでみてください。たくさんの発見がある本であることは間違いありません。

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よしいなをき

よしいなをき
透析はしていますが普段はスポーツ自転車に乗って 体を鍛えています。
仕事は、平凡なサラリーマンですが、透析の時間を利用して、ブログを書いたり、小説を書いたりしています。

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