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透析の友・本の紹介【8】
川上弘美著・『神様2011』
2015.3.9
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紹介する本:川上弘美著・『神様2011』
今回紹介する本は、2つの掌編小説(短編よりも短い小説)が収録された本です。ページ数にして50ページしかありません。読み始めたらわずかな時間で読めてしまうと思いますが、心に残される衝撃は大きい作品です。
『神様』という作品と、そのリライトとも言えそうな『神様2011』という2作品からなります。作者の川上さんは2011年の福島原発事故の後に『神様2011』として書き直したのです。
最初の『神様』の筋書きは主人公(おそらく女性)と3軒隣に引っ越してきた「くま」が川原へ散歩に行くというお話です。軽いファンタジーとして読むことができますが、もしくまが隣人だとしたら、こんな交流があるのかなと想像されます。
夏の暑い日に近くの川原へとくまと散歩する風景。周囲にいる人たちも普通に「くまだねえ」と接するのはユーモラスに表現されています。また、くまが川の中へ入って魚を獲り、その場で干物を作ってくれる場面は微笑ましくのどかな雰囲気で描かれています。
くまは、魚をわたしの目の前にかざした。魚のひれが陽を受けてきらきら光る。釣りをしている人たちがこちらを指して何か話している。くまはかなり得意そうだ。
「さしあげましょう。今日の記念に」
そう言うと、くまは担いできた袋の口を開けた。取り出した布の包みからは、小さなナイフとまな板が出てきた。くまは器用にナイフを使って魚を開くと、これもかねて用意してあったらしい粗塩をぱっぱと振りかけ、広げた葉の上に魚を置いた。
「何回か引っくり返せば、帰る頃にはちょうどいい干物になっています」
何から何まで行き届いたくまである。
『神様』より
ここに描かれた情景は人間にとって大切な自然との触れ合いや、かけがえのない時間の切り抜きであり、読者に1つの空間美を見せているように思えます。
この短い作品で描かれた空間美に対し、作者の川上さんは2011年の福島原発での事故を受けて、放射能による影響を書き加えました。それが『神様2011』です。
作品の流れや文章はほとんど変わりませんが、文章の所々に「防護服」「防護マスク」「累積被曝量」「ストロンチウム」「プルトニウム」といったショッキングな言葉が盛り込まれており、事故の影響が作品世界にまで広がっているかのようです。
作者の川上さんは原発事故の影響が既に日常化していることを警告しているのかもしれません。現実には起こってほしくなかったあの事故。そのことを自身の作品世界に散りばめることで、確かに存在していることを示そうとしているように思えます。
くまは、魚をわたしの目の前にかざした。魚のひれが陽を受けてきらきら光る。さきほどの男二人がこちらを指して何か話している。くまはかなり得意そうだ。
「いや、魚の餌になる川底の苔には、ことにセシウムがたまりやすいのですけれど」
そう言いながらも、くまは担いできた袋の口を開けた。取り出した布の包みからは、小さなナイフとまな板が出てきた。くまは器用にナイフを使って魚を開くと、これもかねて用意してあったらしいペットボトルから水を注ぎ、魚の体表を清めた。それから粗塩をぱっぱと振りかけ、広げた葉の上に魚を置いた。
「何回か引っくり返せば、帰る頃にはちょうどいい干物になっています。その、食べないにしても、記念に形だけでもと思って」
何から何まで行き届いたくまである。
『神様2011』
少し読後感が重い作品ですが、恐らく1時間もかからずに読めてしまうこの小さな作品が持つ大きな力を感じていただきたく、今回ご紹介しました。ぜひ、手に取ってご覧ください。
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