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透析の友・本の紹介【7】
平田オリザ著・『幕が上がる』

2015.2.9

文:よしいなをき

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紹介する本:平田オリザ著・『幕が上がる』

幕が上がる 平田オリザ著:講談社文庫(本体690円+税)
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ここ数年都内の小劇場での舞台をよく観るようになりました。テレビドラマや映画とは違って、目の前の迫真の演技を観ることができるのが舞台の良いところだと思います。大舞台ではなく、椅子の背もたれもないような小さな舞台が好きです。まるで役者の呼吸までも感じられる距離で観ていると、自分までも舞台にいるかのような錯覚にとらわれます。

そこで今回は、舞台の魅力を余すことなく伝える小説、平田オリザさんの『幕が上がる』を紹介したいと思います。この作品では舞台の魅力に魅入られた高校生たちの活動を描いています。

主人公のさおりは演劇部の部長で高校3年生。高校最後の地区大会と大学入試を控えています。同級生のユッコ、ガルルと共に3年間演劇一筋で頑張ってきましたが、昨年秋の地区大会では惨敗。それまでは先輩たちが喧嘩をしたりしてまとまりのある部ではありませんでしたが、それだけが惨敗の原因ではなく、県大会に進んだ強豪S高校との実力差は歴然でした。

「高校演劇は演技の上手い子が2人いればどうにか勝ち進むことができる」とさおりは考えますが、先輩たちが卒業して8人いた部員が5人になってしまいます。4人以下では廃部となってしまうため、どうにかして新入生オリエンテーションでの公演では新入部員を獲得したいと奮起します。ガルルが創作した笑いの止まらなくなるダンスと、新2年生のわび助の朗読を組み合わせたパフォーマンスを演じたところ、ガルルのダンスの掴み、わび助の絶妙な間、そしてさおりの舞台演出が奇跡を起こして会場からは割れんばかりに拍手喝采が起こります。その後さおりたちの演劇部には、ぞろぞろと7人もの新入部員が集まりました。

そんなタイミングで新任の美術教師・吉岡先生がやってきます。先生には学生時代に演劇経験があると聞いたさおりは、どうにか演劇部の副顧問になって欲しいと切望します。それまでの顧問の溝口先生は演劇に関して全くの素人でした。さおり、ユッコ、ガルルの3人は自分たちのクラブの副顧問になって欲しいと美術室へと直談判に行きますが、吉岡先生からの返事は意外なものでした。

「今日のオリエンテーション見て、少し君たちに興味を持ったかも…」 「行こうよ、全国大会」

さおりはその後、インターネットの検索で吉岡先生の学生時代の情報を見つけます。なんと吉岡先生はつい2ヶ月前まで「学生演劇の女王」と評された女優だったのです。

きちんとした演劇指導を受けたことのないさおりたち演劇部ですが、元学生演劇の女王・吉岡先生の稽古のおかげで見違えるようなエチュード(即興劇)ができるようになります。それまでとは全く違う実感を得たさおりたちの前に、今度は県内強豪S高校のエース中西さんが転校してきました。すでにユッコという看板女優がおり、そして大量の新入部員、望み以上の指導者、ここに中西さんが入ってくれれば県大会出場も夢ではない、そうさおりは考えますが…。

この後、さおりたち演劇部員は吉岡先生からとんでもない喝を入れられます。県大会どころかその上のブロック大会を目指せと言われるのです。そして、さおりたちの緊張感が伝わる心象描写が続きます。

「でもね、県大会目指していたんじゃ、そこで止まりだし、もしかしたらそこまでも行けないかもしれない。だから、ブロック大会出場、しかも上位入賞を目指したいの。全国までは、みんなも関係がなくなっちゃうし(※全国大会は翌年に開催されるため)、目標として持ちにくいから、でもブロック大会を目指して、これからの稽古や部活全体のプログラムを組みたい。〈…中略〉
たぶん……本当に、本気を出すってこと。もちろん、いままでも本気で頑張ってきたんだろうけど、もう一つ上の、もうお芝居しか考えないって感じになるってこと。で、それは、たぶん、いままでみたいに、楽しいだけじゃ済まないかもしれないってこと」

私たちは、また、堅く黙ってしまった。そんなこと言われても、どう答えればいいの。外では蝉が鳴いている。きっと前から鳴いていたのだろうけど、沈黙が続いて、私たちは蝉の声に包まれる。

この本の魅力は、1つの舞台が作られる中で作・演出がどんな苦労をするのか、役者さんたちがどんな練習をして完成まで積み上げていくかが分かるところです。観客は舞台での上演でしかその形を知り得ませんが、演劇に取り組む人たちはどうすれば劇を一番いい形にできるかを検証し何度も組み直します。例えば、主人公のさおりは高校最後の大会では役者を諦めて作・演出に徹します。戯曲の選定から苦労して、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を自分たちの舞台用にアレンジしていきます。原作のラストではジョバンニの親友・カンパネルラが死んだことを知らされ暗鬱な終わり方をします。ここをどうしても盛り上げた形で終わり方にしたいとさおりは考えますが、そのラストをなかなか見つけられません。しかし、カンパネルラを演じる中西さんが練習中にふいにやったアドリブをきっかけに閃きを得ます。

休憩の十分は瞬く間に過ぎて、みんなが私の指示を待っている。
「先に段取りを説明します。カンパネルラのお父さんが下手にはけて、そのあとジョバンニがゆっくり、真ん中のキューブに上がります。そこにサス(照明)が入って、それからジョバンニが話し始めます。台詞はとりあえず、書いてきたので、これ」
とユッコにメモを渡す。

ジョバンニ カンパネルラ、どこまでも、どこまでも一緒に行きたかった。でも一緒に行けないことは、僕も知っていたよ。
カンパネルラ、僕には、まだ、本当の幸せが何か分からない。
それでも僕は、それを探して生きていく。
カンパネルラ、さようなら、

「ジョバンニの最後の台詞のところで、上手奥に積み重ねられたキューブにカンパネルラが上がっていきます」
「どのあたり?」
と中西さん。
「いまから決めるけど、とりあえず、『それでも僕は、それを探して』っていう台詞があるんで、その最後のあたりで上がり始めてください。それに併せて音楽が静かに入ります」

「六、初秋 十月第一週」より

この後にさおりが閃いたラストシーンに部員たちは手探りしながらたどり着きます。このラストシーンをさおりたちが作り上げた瞬間は、読んでいて震えが走ります。まるで舞台の素晴らしいエンディングを目の当たりしたように感じました。

しかしこれで終わりではないのです。さおりは一回の上演が終わる度、ラストはまだ良くなるのではないかと台本を修正し、部員たちもそれに合わせて大会ギリギリまで調整を繰り返していきます。

演劇を知らない人でも、この本を読むと自分の学生時代を思い出すのではないかと思います。物語は主人公さおりが書く日記のように時が流れていきますが、読み進んでいくうちに主人公たちと一緒に演劇活動をしているかのような擬似体験ができます。

私はこの本をこれから高校に進学する息子に読ませたいと思いました。さおりたちのように何か一つのことに打ち込める活動が息子にも見つけられるようにです。

…いや、いや、我々の年齢でも、まだ何かを見つけられるんじゃないか、そんなことを感じさせてくる作品です。ぜひ、お手に取ってみてください。忘れそうになっている熱い気持ちを思い出させてくれるかもしれません。

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よしいなをき

よしいなをき
透析はしていますが普段はスポーツ自転車に乗って 体を鍛えています。
仕事は、平凡なサラリーマンですが、透析の時間を利用して、ブログを書いたり、小説を書いたりしています。

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