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透析と我が人生

【第1話】働きバチと多発性嚢胞腎の発覚

2024.10.01

文:立山連峰

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働き盛り、健康診断も受けていたが…

今から40年ほど昔。私は大手企業の本社スタッフとして、仕事にやり甲斐と生き甲斐を感じながら、まるで働きバチのごとく必死に働いていました。毎日、3~4時間の残業は当たり前でデスクに向かっていました。気がつけば夜9時が過ぎ、急いで帰宅したもので、今では考えられない時代でした。

会社では毎年春、そうした全社員の健康チェックとして健康診断が実施されていました。従業員が多いだけに数日間実施されていて、仕事の空き時間を見つけなんとか毎年診断を受けていました。20歳代は何も問題がなかった健康診断も、30歳代後半に入ると高血圧の傾向が出始めましたが、採血では特に問題となる検査値が無かったことから当時は原因が明らかではない本態性高血圧と診断されました。

やがて、仕事の責任が重くのしかかるストレス多き40歳代の管理職になり、BUN(尿素窒素)値やコレステロール値がぼちぼち異常値を示すようになりましたが、クレアチニン値はまだ正常範囲付近であったので、日常の食事に特に気を遣うこともなく普通食を好きなだけ食べていました。

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日々仕事で忙殺されていたある日の夕方、いつもと違う排尿感に見舞われ急いで会社のトイレに駆け込みました。便器に流れるコーヒー色の尿に全身が震えました。それは血尿でした。社内の診療所は既に担当医師が退社して居なかったので、会社が提携する泌尿器医院を紹介してもらい、診察受付時間を過ぎていましたが、特別に診察をしてもらいました。

エコー検査で映し出された画像に体が一瞬硬直しました。人生で初めて、自身の異様な多発性嚢胞腎(のうほうじん)を目にしたのです。まるでザクロの実のように、大小の袋がぎっしり詰まっていました。日々の過労が原因だったのか、腎臓内の一部の細い血管が切れて一過性の出血をしたようで、尿道に導入されたカメラの検査では既に出血は止まっていました。

多発性嚢胞腎とは一体なんなのか。当時は今のようにインターネットで情報検索ができる時代ではなく、出版物で調べたものの、エコーでの嚢胞腎の異様な映像が脳裏から離れず言いようのない身の不安を感じていました。ある国立大学の付属病院に腎臓内科の権威がいると聞き、診察を受けることにしました。その医師からは「これは先天的なもので、治療方法は無く、人によっては、生涯、抱えたままで知らずに終わる場合もあるので、あまり神経質に考えず気軽に受け止めることです」と聞かされました。


同僚の早退の理由は“透析”だった

多発性嚢胞腎が発覚したのと同じ頃、社内の他部門との会議をしていると決まってある人が、会議中にもかかわらず途中退席することに気づきました。その後も、その人はいつも定刻になると退席していましたので、ある日、「いつも午後退社されますが、なにか副業でもしているんですか?」と尋ねてみました。すると意外な返事が返ってきました。

「午後、病院に行っているのです。透析のためです」

聞けば、「人事部門で長く働いてきたが、残業が常態化しており、風邪をこじらせ強い薬の副作用で腎臓をすっかり壊してしまった」ため、毎週隔日に4時間透析を受けるために午後退社しているとのことでした。まさに労災ではないかと思います。
ご本人曰く、「透析になって会社に迷惑をかけて本当に申し訳ないと思う。また医療費として、公費もかかっており(1985年当時でも年間500万円程度)、いつか社会に恩返しをしなければならない」だそうです。

当時はまだ腎臓病の自覚も乏しく、自身がいずれ透析する運命になるなど、この時は全く考えてはいませんでした。

次回は、保存期の食事管理についてお話しします。

次の はなし▶


多発性嚢胞腎に関する体験談

関矢武明さんのはなし「多発性嚢胞腎体験記」でも、多発性嚢胞腎の発覚から保存期の生活、透析生活の悩みなどを紹介しています。

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立山連峰

立山連峰
40歳で初めて自らの腎臓の異常を知ったものの適切な手立てもなく、ただタンパク・塩分の食事制限と長い投薬の人生を過ごしてきましたが、高齢になるに伴い腎機能の低下から体調が悪化、もはや生と死の狭間とも思える時間に居た自分にとって透析以外の選択肢はありませんでした。しかし、透析によって体調の快復を実感し、生かされている喜びを感じるこの透析生活は、違和感の無い日常の姿となっています。新型コロナに感染するも事前の度重なるワクチン接種によりこうした基礎疾患のある高齢にも関わらず重症化せず後遺症もなく完治しました。今は、来年、傘寿(80歳)を無事迎えられることを願っています。

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