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慢性腎臓病(CKD)と食のリテラシー【第2回】
最近目にするさまざまな用語 その②次世代のたんぱく資源? 培養肉や昆虫食
2024.12.16
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フィットネスクラブ市場は拡大し続け、いわゆる「コロナ太り」解消のための自宅トレーニング、略して宅トレが流行したりと、日本人の運動意識はパンデミック前から増加傾向だそうです。その運動意識の高まりは栄養面への関心の高まりにもつながり、たんぱく補給食品市場は2011年〜2020年で約4倍に成長しました。
運動意識の高まりとは別に、高齢者においてたんぱく質の摂取の重要性が指摘されています。要介護状態にならないように、そして健康寿命を延ばすために、加齢に伴う筋力低下および筋肉量の減少「サルコペニア」の予防が重要視されています。筋肉量、筋力、身体機能はたんぱく質摂取量と強い関係があり、サルコペニア予防には標準体重1kgあたり1.2〜1.5gのたんぱく質摂取が推奨されていることから、たんぱく質含有量が高い高齢者向け食品が増えています。
このように需要が増大しているたんぱく質は、食と先端テクノロジーをかけ合わせた「フードテック」でも注目の栄養素です。そして、腎臓病をもつ方には管理が必要なものでもありますね。
そこで、今回は次なる代替たんぱく質、培養肉や昆虫食などを調べてみました。
フードテック(FoodTech)ってなに?
さまざまな分野を示す「X」と「テクノロジー(technology)」を組み合わせた、クロステック(X-tech)という取り組みがあり、フードテック(FoodTech)もそのひとつです。
X-techの例
フィンテック (FinTech) |
金融(Finance)分野での技術活用。キャッシュレス決済、ブロックチェーン、仮想通貨など。 |
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メドテック (MedTech) |
医療(Medical )分野での技術活用。ロボット支援手術システム、ウェアラブルデバイス(心拍数モニター、血糖値センサー)など。 |
ヘルステック (HealthTech) |
健康(Health)分野での技術活用。電子カルテ、画像診断、遠隔医療、健康管理アプリなど。 |
エドテック (EdTech) |
教育(Education)分野での技術活用。オンライン学習、AIによる学習支援、GIGAスクール構想など。 |
フードテックには厳密な定義はありませんが、一般的には食と先端テクノロジーが結びついた技術・商品・サービスの総称として用いられており、これまでの農林水産業の弱点を補うものとして期待されています。似たような言葉に農作物の生産・流通に関わるアグリテック(AgriTech)という言葉もありますが、日本ではスマート農業という言葉の方が浸透しています。
フードテックが注目される理由には、大きくは以下の3つの側面があります。
社会面 | たんぱく質需要増大での良質なたんぱく質供給手段、ベジタリアンやヴィーガン向け代替肉の需要、食料安全保障など。 |
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経済面 | 今後の事業拡大が望まれており、特に農水省が重要な政策として掲げた農山漁村発イノベーションからの新しいビジネス、地域活性化など。 |
環境面 | フードロス、農林水産業における温室効果ガスの削減効果、自然破壊の抑制など。 |
治療用特殊食品の事例はまだ少ないようですが、アレルギー有症者向け食品、個別最適化された介護食などはすでに着手が始まっています。低カリウムの野菜や果物、低たんぱく米、食事の画像から栄養素を推計するスマートフォンアプリなども、食に関する先端技術「フードテック」の一例と言えるのかもしれません。
代替たんぱく質いろいろ
代替たんぱく質は、前述のたんぱく補給食品市場や高齢者向け食品以外にも、さまざまニーズが複合して生まれたものです。世界の人口増加によるたんぱく質不足危機、プロテイン・クライシスも大きな理由です。
たんぱく質が足りなくなるのであれば単純に畜産量を増やせば良いわけですが、環境負荷や衛生管理、動物福祉の観点で拡大には慎重にならざるを得ず、それ以外の選択肢としての畜産に頼らない代替肉、昆虫食なのです。
代替たんぱく質の種類
大豆などを原料とした植物肉はすでに本格的に市販化されています。一方、動物の細胞を体外で培養して増やす培養肉は、基礎技術の確立を目指している段階です。
今回、培養肉を掘り下げてみようと思った理由は、再生医療などでの細胞から組織を作る細胞培養技術を食肉に応用するという点にあります。この技術が医療と食品、両分野で実用性を高め、腎臓再生医療につながっていくのかもしれない、そう考えると少しワクワクしませんか?
日清食品カップヌードルのあの「謎肉」は、ボリュームを稼ぐために大豆と本物の肉のハイブリッドなんですって。このような「ハイブリッド肉」が、培養肉の市場流通において初期の主流になるという見方が大きいそうです。
培養肉ってなに?
培養肉は、牛や豚などから採取した細胞を人工的に培養して作られるものです。近年ではマグロやサーモンなどの水産資源を細胞培養で作る培養魚肉の研究も進んでいます。
現在はミンチ肉とステーキ肉の2種類が開発されています。内部構造も本来の肉に近い本格系のステーキ肉は、ミンチ肉に比べて高度な技術を要します。
日清食品グループと東京大学 生産技術研究所は培養肉の共同研究を2017年から開始し、2022年に日本で初めて「食べられる培養肉」の作製に成功しました。
物議を醸す培養肉
2013年、オランダのマーストリヒト大学教授のマーク・ポスト博士が「培養肉バーガー」を実現しました。その莫大な製造コスト(日本円で3,800万円ほど)でも話題を呼び、その後、世界各地で培養肉に対する投資や研究開発が活発化しました。
2020年にはシンガポールで培養肉を使ったチキンナゲットの販売が認可され、2024年にはイスラエルで世界初の培養牛肉の製造・販売が承認されました。また、アメリカでは2023年に2つの企業が生産する培養肉が承認されています。
一方、欧州連合(EU)は培養肉に関しての明確な方針を示していませんが、2023年にイタリアでは培養肉を全面的に禁止する法案が可決されました。その後、イタリアとフランス、オーストリアが連名で培養肉に反対の意見書を欧州理事会に提出し、9ヵ国が支持を表明しています。
スローフード(地域の食、伝統や文化を守る社会運動)の発祥の地であるイタリアが培養肉に反対する理由としては、「健康や生産システム、雇用、文化と伝統を守るため」としています。
参考:日本での培養肉の社会的課題
市民意識 | |
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信頼 | 培養技術に求められる透明性とはどのようなもので、いかなる情報伝達・対話が必要か |
自然観 | 培養肉・技術を不自然あるいは自然とする見方はどのような文化歴史的背景に由来しているのか |
政治経済 | |
食の自立性 | 食料をめぐる安定性をどのような主体によって、どのように確保していくのか |
循環経済 | 培養技術を使った製品の環境への影響はどのようなものであり、いかに循環システムが達成されうるのか |
倫理 | |
食の選択 | 食の選択が広がる中、選択の自由と、タブー領域の確率はどのように調整されるのか |
食の 脱工業化 |
食の脱工業化を支える倫理とはいかなるものか |
コオロギで話題になった昆虫食、実は伝統食だったのです!
昆虫食と言えば、徳島県での食用コオロギの粉末を利用した給食が2年ほど前に話題になりました。
東南アジアを中心に昆虫食は盛んですし、日本でもイナゴや蜂の子を食する地域もありますが、昆虫食と聞いてなにを思うかは人それぞれだと思います。
実は、昆虫食は江戸時代以降、日本各地で貴重なたんぱく資源として位置づけられてきました。大正時代、全国を対象に行われた「食用及薬用昆虫に関する調査」で、55種類もの昆虫が41都道府県で食されていたことが分かっています。特にイナゴは害虫駆除と動物性たんぱく質の摂取源として、一石二鳥な目的から広く食用にされてきました。
しかし、戦後の畜産振興による動物性たんぱく質安定供給が実現すると食文化も変化し、長野県や岐阜県などの一部を除いて私たちの食卓から姿を消してしまったのです。
そんな昆虫食ですが、プロテイン・クライシスが懸念される中、栄養価の高さはもちろんのこと、その環境負荷の低さや効率性で次世代のたんぱく資源として注目されるようになったのです。
現代において昆虫食が求められる背景をまとめると以下の通りです。
- 同じ重さの生体を生産しようとした場合、餌が家畜に比べて圧倒的に少ない。
- 家畜と比べて省スペースで飼育が可能。
- 生産過程で発生する温室効果ガスやメタンなどが少ない。
- 森林などを切り開き穀物や牧草(家畜の餌)を栽培してきたが、昆虫を利用することで森林保全と環境維持に繋がる。
大規模調達などの技術的な課題もありますが、やはり普及に向けた最大の壁は心理的なハードルですよね。ペットの餌として飼育が確立されたコオロギの昆虫食への進展の次は、アメリカミズアブというハエの一種の幼虫が注目されているそうです。
コオロギは「陸のエビ」などと呼ばれていますし、シャコやフナムシなども、その見た目から大きくはエビと仲間じゃないの? と思っていますが、頭では分かっていてもどうしても無理、ってことってありますよね。
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参考
- 竹内 昌治 (著), 日比野 愛子 (著) 『培養肉とは何か?』岩波書店(2022/12/6)
- 三輪泰史 (著) 『図解よくわかるフードテック入門』日刊工業新聞社(2022/3/1)
- 農林水産省「フードテックビジネスのモデル実証事例」(2024/12 アクセス)
- JACA|細胞農業研究機構「欧州の培養肉開発イタリアに続き、ハンガリーでも禁止?!」(2024/12 アクセス)
- 日清食品グループ「研究室からステーキ肉をつくる。」(2024/12 アクセス)
- 東京大学「どうして昆虫食が注目されているの?→霜田政美」(2024/12 アクセス)
- 朝日新聞SDGs ACTION!「培養肉とは? 代替肉との違いや作り方、安全性やメリット・課題を解説」(2024/12 アクセス)
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