夫婦間生体腎移植 〜繋がる想い〜腎臓病・透析に関わるすべての人の幸せのための じんラボ
【第3話】移植に向けての検査開始
2015.10.29
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初めての受診
妻から腎臓の提供を受ける決心がつき、移植に向けて動き始めたのは初秋の頃でした。この頃はまだ実感もなく、自分が20年も続けてきた透析から離脱できるかもしれないということをどうしても信じられない、離脱した自分が想像できない、とても複雑な気持ちでした。
まずは名古屋第二赤十字病院の先生の初診です。名古屋の先生方は毎月交代で宮崎へ診察に来てくださいます。宮崎の移植希望患者はまず宮崎で先生方の説明を聞き、先生方は特にドナーの気持ちを確認します。先生と患者がお互いに十分話し合い納得した上で名古屋へと向かうための大切な時間です。
この日も「診察の最後に面談の予約を入れて下さい。時間を気にせずゆっくり話しましょうね」との心遣いから、最後の枠に予約を入れ、順番まで妻と近くのファミリーレストランで時間を潰した時のこともはっきり覚えています。その時「やっと時期が来たね。絶対元気になれるよ! 」と明るく話す妻の顔を直視することができませんでした。ただ窓際の席から外の景色だけを眺めながら「これは本当に正しい決断だったのか…」とひたすら自問自答していました。
数時間ファミレスで過ごした後病院に戻り、しばらくすると私の名が呼ばれました。診察室に入ると、以前の講演会でお会いしてから久しぶりの再会にも関わらず先生は満面の笑みで「あ〜、あの時はお世話になりました。お元気そうですね!」と迎えてくれました。これで一気に気持ちが解れた気がします。
この診察ではとにかく妻のこと、つまりドナー(臓器提供者)のことについて色々と質問したのを覚えています。ドナーの検査内容、入院期間、手術方法、手術後の生活…。以前に講演でも聞いており、メールのやり取りの中でも数回お聞きしたことでしたが、やはり直接先生の口からお聞きすることでとても安心していくのを感じました。非常に丁寧で分かりやすい説明をこちらが納得するまでしていただき、最後に「ドナーさんの検査は徹底して行います。ドナーさんの健康を何より優先します。ドナーさんが元気でないと移植の意味がないですよね」との言葉をいただき、移植への第一歩、外来での検査を受けることを決断しました。
初めての名古屋 外来検査へ
外来検査は、名古屋第二赤十字病院の近くにホテルをとり、2日間にわたって検査を受けます。根っからの田舎者で宮崎から出たこともほとんどない私にとって、名古屋への道のりは不安だらけで、検査の前に一山ある感じでした。しかし、この外来検査から移植外科の先生方の心遣いは始まり、空港から病院までの乗り換えや、病院に一番近いホテル、ホテルから病院までの交通手段まで、メールで事細かに教えていただきました。お陰で何事もなくホテルにたどり着き、翌日からの検査に向けて気持ちの準備に専念することができました。
検査初日の朝、初めて病院へ向かう手段は地下鉄の予定でしたが、歩ける距離だったので少し時間の余裕を持って出発し、夫婦でゆっくり歩きながら病院に向かうことにしました。思い起こせば、こうして夫婦二人で話しながら歩くことなんて本当に久しぶりのことで、他愛もない会話をしながら歩いたのを覚えています。その時に見た景色も忘れる事が出来ません。秋の肌寒い早朝、学校へ向かう学生や散歩をするご老人とすれ違った光景が今でも時折頭の中で甦ります。
病院に着くと、まずその大きさに驚きましたが、事前にコーディネータさんよりとても分かりやすい院内の案内や受付の手順、検査の順番、場所などを送っていただいていたので、迷うことなく受付を済ませることができました。
受付が終わるといよいよ検査開始です。当然レシピエントとドナーで検査の内容とスケジュールが違うためここから夫婦別々ですが、沢山の検査を一人で回らせることが、ただただ申し訳なくて胸が苦しい思いでした。私の検査の待ち時間が長い時には、妻のスケジュールを見ながら院内を探し回り、できるだけ一緒に過ごしました。
外来検査は入院検査前の予備的なもので、入院検査でもし移植ができないとなった場合は、ドナーの検査が私の保険適用にならずに高額な費用がかかってしまう恐れがあります。外来検査はできるだけそのリスクを回避するために行うもので、内容は別表の通りです。ここにも病院の気遣いを感じます。
外来検査の最後は胃カメラですが、妻はそれまで一度も胃カメラの経験が無く「移植手術は全然問題ないけど、胃カメラは嫌だ! 」と前々から言っていました。名古屋第二赤十字病院は麻酔を使わない検査なので、担当の看護師さんに最後まで「お願いだから麻酔を…」と懇願する妻の姿に申し訳ないやらおかしいやらで、看護師さんと顔を見合わせて爆笑しながらいろんな意味の涙がこぼれたのを覚えています。ちなみに妻はベテランの域の看護師ですが…。
そんなドタバタありの2日間の検査は無事終了し、移植外科部長の先生からその結果の説明を受けました。「妻に病気は無かっただろうか」「移植に向かうことはできるのだろうか」色んな思いで診察室へ入りました。
結果「特に問題となることはありません」とのことでした。先生から「今の移植医療はとても進んでいて、免疫抑制剤も素晴らしいものがある。主治医の指示をよく聞き、しっかり自己管理ができれば17年は生着を保証できるだろう」との説明を受け、その場で次の入院検査の日程が決まりました。
この17年という数字は、名古屋第二赤十字病院での生体腎移植のデータが17年までしかなく、これから先は、年々この数字は延びていくだろうということでした。
いよいよ入院検査へ
外来検査から40日後、いよいよ本格的な検査のための入院検査に入りました。入院検査は夫婦とも1週間の予定でしたが、妻は仕事の都合から4日間で検査を終えるようにしていただきました。
入院は3階3病棟、ここには腎移植を終えた方やこれから移植を受ける方、私たちと同じ検査入院中の方など、同じ境遇の方々が沢山いて皆が分かり合える仲間であり入院中の心強い味方となりました。また受付やスタッフ、病棟掃除の方までが素敵な方々ばかりで、病棟中で移植を応援してくれる雰囲気でした。
入院中の数々の細かな検査の合間には、看護師さんとマンツーマンの日赤が独自で作った「自己管理パンフレット」を使った指導を受けました。腎移植についてと移植後の自己管理について徹底的に叩き込まれます。この指導も素晴らしく、どの看護師さんもとても分かりやすい説明をされ、どんな質問にも即座に答えていただきスタッフの方々の質の高さを実感しました。
入院検査で特筆すべき内容は、まず「臨床心理士面談」です。これは移植に際する夫婦間の想いの聞き取りで、生活状況、家族の様子など、さまざまな方向から聞き取りによって、この移植が何の取引も無く純粋な想いの基に行われるものかを判断するための面談です。ある程度突っ込んだキツイ質問もありますが、全ては生体間移植が正常に行われるためのもので、この面談の重要性がよくわかりました。
あと1つは「膀胱許容量検査」です。これが移植全般で一番辛い検査でした。20年の透析で縮みきった膀胱に生食を注入しその限界許容量を計る検査で、あぶら汗を吹き出しながら受けました。結果、私の膀胱は40mLしか許容量が無くなっていました。そしてこの許容量が術後に大きな意味を持ってくるのでした。
この入院では同じ境遇の患者さんと知り合いになれて、色々な情報の交換ができたり、不安を吐き出す相手になったり、愚痴をこぼす相手になったり…。とても有り難い仲間との出会いがありました。レシピエント仲間で一番語り合ったのは、レシピエントからドナーへの感謝の想いでした。ドナーにはなかなか面と向かっては言えない想いを、お互いに切々と語り合い皆で涙したことも度々あり、とても深い7日間の入院でした。入院中の食事は毎回妻と一緒にデイルームでいただき、そんな時間も私にとって、とても思い出深い大切な時間だったと思います。
入院検査のスケジュールを全て終え、先生から最終的な決定が伝えられました。2011年1月21日、これが私たち夫婦のこれからの歴史をかえる大切な日と決まりました。
検査入院の帰りは、かなり早く空港へ着いてしまいました。とてつもなく広いゲートラウンジにはほとんど人影も無く、その片隅で窓一杯の夕暮れの景色を見た時、あらためて妻への感謝の気持ちがあふれ出てきて涙が止まりませんでした。
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