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透析女子のリアルな日常 〜若くったって、いいじゃない〜

【第2話】『あの日』の私たち〜腎臓病・透析患者の東日本大震災〜

2016.4.7

文:びょん

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前回から始まりました「透析女子のリアルな日常〜若くったっていいじゃない〜」。
記念すべき第1回は「骨粗鬆症」について書きましたが、今回は「東日本大震災」について書こうと思います。

昨年のちょうど今頃、岩手県の患者会青年部主催の学習会に参加し、県内の透析患者さん達の東日本大震災の体験談を聞く機会がありました。
腎不全にうまれて〜腹膜透析から移植、血液透析導入まで〜」にも書きましたが、私は東日本大震災が起きた時はまだ透析も、カリウムの制限はありましたが食事療法もしていませんでした。
なので、患者さんの生の声が聞けたことはとても有意義なことでした。

特に「食事を摂るのが怖いと感じた」という言葉が印象的でした。
それは、透析が週2回になったり、1回あたり4時間のところが3時間になったりと十分な透析ができなかったため「いつも以上に食事に気をつけなければ」という思いから自然に湧き出た感情だったのだと思います。
エネルギーを確保しつつリンやカリウム、塩分に配慮するというのはとても大変なことだったと思います。
透析ができない場合に備えてお菓子、水を一口と決めて摂ったという方もいたので、腎不全の方向けの非常食があればいいのにと思いました。


私の場合、震災当日はスーパーは店じまい、コンビニからは何もなくなっていて、唯一あった食パンもレジが動かないという理由から売ってもらえませんでした。
幸い自宅のガスがプロパンだったためごはんを炊いて食べることは出来ましたが、そんな状況の中で果たしてリンやカリウム、塩分に気をつけることが出来ただろうかと思いました。
あの時の私はとにかく食べ物を確保し、食べるだけで精一杯だったように思います。

足りなかったのは食べ物だけではありませんでした。情報やガゾリンも不足していました。
停電してしまったためテレビが映らず、情報源はラジオと新聞中心になりました。
携帯電話にワンセグの機能がありましたが、電池の消耗が激しくなるので停電中は一度しか使いませんでした。
また、電話が通じなかったため病院と連絡が取れずに苦労したというお話もありました。
ガソリン不足にはみなさん苦労されたようです。
私も長蛇の列に並んでガソリンを入れたり、いつもは車で行くスーパーに自転車で行ったりしました。
千葉県に一時避難された方のお話では、千葉県でもガソリンがなくて並んだとのことでした。
東北地方だけの話だと思っていたので驚くと同時に、今回の震災の影響の大きさを改めて感じました。


一口に透析患者の震災体験と言っても、置かれた状況は千差万別、一人ひとり全然違うものだったのだなと感じました。
透析中に地震に遭った方、非透析日で外出していた方、沿岸に住んでいて県外に避難した方、内陸住まいで津波の被害には合わなかったものの、大怪我を負った方などなど。
中には必死の思いで腹膜透析の機材をもらいに病院まで行った方もいらっしゃいました。
結局すぐに避難指示が出たため機材をもらえず、数日間は発電機があると聞けば出向き、充電させてもらいながら透析をされたそうです。
体験を話していただいた方々が口を揃えておっしゃったのは、周囲の方々への感謝の言葉でした。
特にご家族や病院への感謝が一番多かったように思います。
透析が日常になると周りへの感謝を忘れがちですが、透析が出来ることは当たり前のことではないことを心に留めておかなければいけないと思いました。
安全な透析を受けられることに感謝しながら透析をしたいと思います。
水、電気、薬剤、移動手段、施設、スタッフさんなど、どれが欠けても十分な透析はできないのだと学んだ学習会でした。

最後にこの度の震災で亡くなった方々のご冥福をお祈りするとともに、このような災害が今後起こらないように祈ります。

次回は「コンドミニアムに泊まろう!」です。
お楽しみに♪

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びょん

びょん
1991年岩手県生まれ。岩手県在住。
生まれてまもなく先天性ネフローゼ症候群と診断され腹膜透析治療を開始し、2才半の時に母より生体腎移植を受けました。
1994年春、左腎に腫瘍が見つかり(ウイルムス腫瘍)、摘出しました。
23歳から血液透析導入になり現在に至ります。
特技はパソコンのキーボードのタイピング。運動は苦手、読書が好きなインドア派ですが、最近の休日は腎友会青年部の仲間といろいろなところへ出かけることが多いです。透析は火曜コースの午後です。
今の目標は一人暮らしできるようになることです。

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