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透析治療を拒まれる人がいる
〜HIV陽性透析患者への偏見と差別
2018.12.3
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この記事のポイント
- HIV陽性を理由に透析を施設から受け入れ拒否された患者がいる
- HIVはHBV(B型肝炎ウイルス)やHCV(C型肝炎ウイルス)と比べると感染力は非常に弱いにも関わらず、HIV陽性透析患者はB型・C型肝炎患者よりも透析施設に拒否されがち
- 差別は無知と偏見から生まれるため、知識の吸収と思考が必要
保存期の方が抵抗感から透析を拒否したり、治療がつらくて透析を拒否する方の話はよく聞きますね。でも、透析施設に受け入れを拒否される逆のケースはご存知ですか? 公的助成制度が確立していなかった頃の「金の切れ目が命の切れ目」という時代の話ではありません。
透析を拒否された患者さんの事例から、私たちが「知るべきこと」についてお話しします。
透析を拒否されたHIV感染者
1992年にHIV(ヒト免疫不全ウイルス)の感染が発覚した長谷川博史さんは、2011年頃から透析を受けています。数年前の引っ越しで転居先から通える透析クリニックを探したところ、まず近隣のクリニック10軒には全て断られ、最終的に約40軒からHIV陽性を理由に受け入れを拒否されました。
その後“うつ”をこじらせて自宅で倒れ救急搬送、一命を取り留めるも右足切断、なんとか透析受け入れ先も見つかり今に至ります※1。
私がこの話の詳細を知ったのは、2017年11月に開催された「TOKYO AIDS WEEKS 2017※2」で長谷川さんが登壇した講演「医療とユニバーサルデザイン〜HIV感染症を例として〜」でした。
エイズという病気が認知され始めた頃は「エイズ=死の病」と考えられていましたが、薬の進歩でHIV感染症は死ぬ病気ではなくなりました。現在ではHIV感染者の予後は非感染者と変わりません。薬を飲み続ければ死なない反面、薬の副作用もあれば、透析と同様に治療の長期化で合併症も増えます。
長谷川さんは糖尿病と抗HIV薬の影響で腎機能が悪化しました。とある抗HIV薬が腎臓と肝臓に副作用があり、長期服薬の影響で腎機能が悪い人は多いそうです。HIV感染者に限ったことではありませんが、高齢化に伴いHIV陽性透析患者が今後増加すると言われています。
※1:長谷川 博史さんご本人による「ぷれいすコラム『おかげさまの再出発』」より。ぷれいす東京とは、HIV/エイズとともに生きる人たちがありのままに生きられる環境(コミュニティ)を創り出すことをめざして活動している、患者や医療従事者等の当事者によって運営されている組織(CBO)。
※2:12月1日の世界エイズデー前後には、毎年さまざまなHIV/エイズに関する啓発イベントが世界各国で開催される。TOKYO AIDS WEEKS もその一環。世界エイズデー(World AIDS Day)は、世界レベルでのエイズのまん延防止と患者・感染者に対する差別・偏見の解消を目的に、WHO(世界保健機関)が1988年に制定した。今年(2018年)のTOKYO AIDS WEEKS は11月の終わりから12月半ばまで開催。
なぜ受け入れ拒否されたのか
HIVの感染力は非常に弱く、例えば針刺し事故(経皮感染)の場合はHBV(B型肝炎ウイルス)が3回に1回、HCV(C型肝炎ウイルス)50回に1回なのに対して300回に1回程度です(CDC. MMWR 2001;50(RR-11)より)。また、HIVは日常生活で感染する危険はなく、医療機関は通常の感染症対策程度で二次感染は防げます。
しかし、C型肝炎の患者の70%は透析施設に受け入れられ、HIV陽性透析患者は70%断られる、と言われているそうです。感染力が強さで考えれば肝炎患者の方が敬遠されそうですが、なぜかHIVの方が疎まれているのです。その理由は一体何でしょうか。
全国の3,802透析施設に対する調査※3(回収率40.82%)では、HIV陽性透析患者の受け入れ経験がない施設の今後の方針に関して「受け入れることは難しい」と回答した施設は776施設、対象施設の53.6%と約半数の施設が受け入れに消極的です。
その「受け入れがたい理由」として、「ベッドが確保できない」「対応手順が整理されていない」「透析中に急変した際のバックアップ体制が得られるのか心配」などの施設側の体制と準備の問題の他に、約半数の施設が「他の通院患者が不安に思うなどの風評被害が心配」を理由に挙げました。
※3:透析会誌 461 :111〜118,2013「HIV感染患者における透析医療の推進に関する調査」より。東京都福祉保健局も平成23年に同様の調査を実施しており、B型・C型肝炎患者の受入れ経験に比べるとHIV陽性透析患者の受け入れは圧倒的に少ないという同様の結果が出ている。
差別は主に血液を扱う治療の現場で起こる
HIV感染者に対する差別のほとんどが医療機関、特に血液に触れる治療を行う透析施設、産婦人科、歯医者で起きているそうです。
前述の講演での長谷川さんを担当したソーシャルワーカーさんのお話では、HIV感染リスクがほぼ無いことは医療従事者にとっては常識とのこと。それでも拒否してしまうのは「医療機関はサービス業の側面がある」、「余計なリスクを抱えたくない」という思いから、とのことでした。しかし、風評被害を恐れてHIV感染者の受け入れ拒否することは、差別をさらに助長することになるのではないでしょうか。通院患者はHIV感染者の実態を目の当たりにする機会がないまま、誤った知識や偏見を正すきっかけを失うことになります。
差別はエイズへの根強い誤解と偏見から?
約30年前「エイズパニック」と呼ばれるいくつかの事件がありました。フィリピン人女性のHIV感染が判明したことから公衆浴場が外国人の利用を拒否した「松本事件」、エイズで亡くなったセックスワーカーの日本人女性の遺影を週刊誌がセンセーショナルに掲載した「神戸事件」などが代表的です。
当時を知る人は、現状は昔と全く違うことを学ぶことなく、「死に至る悲惨な病」や「性交渉で感染する後ろめたい病気」という当時の負の印象を抱いたままの人が多いのではないでしょうか。当時のパニックを知らない若い人は、性感染症のリスクを身近に感じていないかもしれません。身近に感じなければ無関心にもなります。無知からの漠然とした不安と恐怖から、偏見と差別が生まれているのではないでしょうか。
その他の透析拒否事案「宮崎県透析拒否事件」
1997年7月、透析導入の適応判断の際、患者の精神疾患を理由に透析施設が導入を断り、患者の女性が死亡した事件※4がありました。 現在、透析導入基準はあるものの、透析導入の最終判断は患者の意向と医師の裁量によります。この事件は、医師の裁量の範囲が大きな問題となった事件です。透析導入の基準も整備され、医学的でも金銭的でもない「精神疾患を有する」という理由からの医師の判断で、治療を受ける権利のある患者が透析を受けることができなかったわけです。
私はこの事件の顛末を知って、水俣病患者に向けられた石原慎太郎氏の差別発言を思い出しました。石原氏は1977年の環境庁長官時代、水俣病患者の直訴文を見て「これを書いたのはIQが低い人たちでしょう」と発言しました。
他にも、1999年には重度障害者が治療を受けている病院を視察した後、「ああいう人ってのは、人格があるのかね」などと語りました。
石原氏の暴言は枚挙に暇がなく、その冷酷さには背筋が凍る思いがします。それはさておき、宮崎の事件で透析の適応を判断した医師と石原氏との共通点は、患者の人権も人格も無視しているという点です。
身体に痺れや痙攣があって文字が上手に書けなくても、水俣病患者のIQが低いことにはなりません。
意思疎通が図れなくても重度障害者に感情が無いことにはなりません。
ほんの一部を垣間見ただけで、偏見を持ち行った差別です。HIV陽性透析患者の長谷川さんが受けた差別と根本は同じではないでしょうか。
※4:有吉 玲子(著)「腎臓病と人工透析の現代史―「選択」を強いられる患者たち」より。遺族は訴訟を起こし、一審で宮崎地裁は、医師の不法行為を認め医師側に患者の慰謝料500万円と弁護士費用60万円の賠償義務があるとした。医師側は控訴したが、控訴審は控訴棄却とした。
無知と無関心が偏見を生み、偏見は差別を生む
「偏見は無知の子供である(Prejudice is the child of ignorance.)」、18〜19世紀のイギリスの批評家ウィリアム・ハズリットによる名言です。無知は偏見を生み、偏見は差別を生みます。そして差別は誰かを不幸にします。
偏見からの差別や批判がつらく悲しいものであることは、透析患者の皆さんは十分ご存知だと思います。しかし、HIV(エイズ)に対する誤った知識からの透析患者の仲間内での差別は残念ながら存在しています。
悪気はないのに人を傷つけてしまうことは誰にでもあるでしょう。でも、それはあなたに思いやりがないわけではありません、知識がないのです。
人をなるべく傷つけないように、知識を吸収し続け、可能な限り多面的・多角的に思考する習慣を身につけましょう。
参考
- 「HIV感染透析患者受入れに関 する疑問にお答えします!!」厚生労働行政推進調査事業(エイズ対策政策研究事業)HIV感染症及びその合併症の課題を克服する研究班 (2016/9)(2018/9 アクセス)
- 特定非営利活動法人 ぷれいす東京「ぷれいすコラム『おかげさまの再出発』」(2018/9 アクセス)
- 秋葉 隆, 日ノ下 文彦「HIV感染患者における透析医療の推進に関する調査」透析会誌 461 :111〜118,2013(2018/9 アクセス)
- 有吉 玲子(著)「腎臓病と人工透析の現代史―「選択」を強いられる患者たち」生活書院 (2013/11/1)
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