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エピソードからの学び

【第1話】穿刺の苦しさ

2017.4.3

文:松岡由美子

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初めまして。上野透析クリニックで看護師をしております松岡と申します。
上野透析クリニックは、上野公園の近くにあります。透析室からは上野動物園のモノレール、不忍池のスワンボートが行き来する様子やカモメなどの鳥たちが円を描いて飛ぶ姿、夏には池いっぱいにピンクの蓮の花が咲いている景色を眺めることができます。都会ではないような風景なので、多くの方に見ていただきたいなと思っています。お近くにいらした際は是非お立ち寄りください。

私が今までお会いした方々のエピソードを通して、皆さんと一緒に考えていきたいと思っていることを、これからお伝えしていきます。

透析室には、多くの方が訪れます。学生や社会人、定年退職された方、子育て中のお母さんや介護をしている方など、それぞれ色々な経験をお持ちです。医療者も同じようにさまざまです。
透析中は同じ空間で透析を受ける人とそれを支える人とが、それぞれの時間を過ごしています。透析を受ける人は、ベッド上で透析が無事終了するよう願い、透析を支える人は、ベッドの周りで無事に透析が終了できるよう努力しています。


透析で最初の難関は穿刺ではないでしょうか。

穿刺が上手くいくとお互い穏やかな表情になり、その後の会話も弾みます。
穿刺を失敗してしまうと、透析を支える人は「痛い思いをさせてしまった、申し訳ない」と罪悪感でいっぱいになります。患者さんも痛さと不安で無口となり、お互いに辛い透析時間を過ごすことになります。
透析で使用する穿刺針はとても太く、金属の棒を押し込まれるような鈍くて重い痛みを広範囲に感じます。看護師は練習で時々刺されることがありますが、週に3回、1回2本ずつ刺されると考えるだけで辛くなります。

私は若い頃に虫垂炎で手術をした際に朝夕2回点滴を受けていました。以前から注射に対する恐怖感が無く、新人看護師の穿刺の練習に使われることも多くありました。
しかし連日の点滴で針を刺されることにかなりのストレスを感じ、先生にお願いして点滴を中止してもらった記憶があります。透析針よりかなり細い針でしたし、失敗もありませんでしたが、あの時はただただ刺さないでほしいと思いました。


25年前にアメリカ人の患者さんとお会いしました。
彼女は痛みに対する反応が強く、穿刺に対して恐怖を訴えていました。少しでも穿刺痛が軽減できるように穿刺ポイントを氷で冷やしたり、リドカイン剤を塗布したり、局所麻酔をしてから穿刺したりしていました。もちろん穿刺者は彼女が指定したスタッフに限定されていました。しかし、穿刺に対する恐怖心が軽減することはありませんでした。
ある日彼女が今にも泣きだしそうな表情で話しかけてきました。
「透析は病状を悪くしないために必要だと理解しており透析を受けることは辛くない。しかし、穿刺の痛みはもうどうしようもなく耐えられない。」と話しました。
私は点滴を拒否したかつての自分を思い出しました。

シャントでは穿刺しなければ透析ができません。刺される痛みと恐怖を取り除くには、経皮的に刺さずに済む「外シャント」しかないのではないかと思いました。同じ頃彼女も外シャントの存在を知り、手術を希望しました。感染などのデメリットが多いと主治医は反対しましたが、彼女は主治医を説得し外シャント手術をする医師の外来を受診しました。しかしその医師と意見が合わず、手術を断念することになりました。
それからすぐに、彼女はアメリカの息子夫婦と暮らすと言い帰国してしまいました。

3週間後、彼女の息子さんから手紙が届きました。その手紙には「彼女は帰国後ホスピスに入り、透析をせずに2週間暮らしました。とても穏やかに過ごすことができました。」と書いてありました。

日本での最後の透析が終わり帰宅する時の「サヨウナラ」が、とても悲しい表情だったのが気になっていました。私は、もっと時間をかけて話をすれば気付くことがあったのではないか、他に外シャントの手術ができる医師を探せなかったのか、もっとできることがあったのではないか、と自分の無力さに落ち込み、あの時帰国を止めていたらと後悔しました。そして彼女とご家族に対して申し訳ない気持ちで一杯でした。
この時から「あの時こうしていれば」と後悔しないように行動するようになりました。


穿刺の痛みはその一瞬だけでなく、繰り返される苦痛として続いているのだと思います。
もし穿刺痛に悩まされているのでしたら、少しでもその苦痛が軽減できる方法を一緒に考えてみませんか。
リドカイン剤テープもメーカーにより効き目が違うと感じる方もいます。貼る時間によって効き目が違ったり、貼る位置にクリームが塗ってある場合は、洗ってから貼った方が薬剤の吸収が良くなる場合もあります。貼り忘れた時はキシロカインゼリーやスプレーを10分以上塗布することで効果があるかもしれません。 リドカイン剤テープでも穿刺の痛みが我慢できない場合は、リドカイン・プロピトカイン配合クリームのエムラ®クリームが良いようです。

穿刺する側は、穿刺しやすい体勢をとり、血管の走行・深さ・太さをイメージして、適度な駆血で血管を怒張させ、穿刺する方向と反対側に皮膚を引っ張って皮膚に張りを持たせて穿刺するとミスが少なく、痛みも軽くなるようです。

痛みの感じ方は人それぞれ違います。痛くない方が良いに決まっています。穿刺時にいつもより痛くなかった時は、いつもと何が違ったか振り返ってみてください(手の握り方、リドカイン剤テープを貼った時間、穿刺時にスタッフと会話してリラックスしていた、など)。
また、穿刺したスタッフにも聞いてみてはいかがでしょうか。他の患者さんも色々悩み、工夫していることがあるかもしれません。一人で考えるより、周りにいる人と一緒に考えることで良い方法を早く見つけられると思います。

次回は「大切な家族」です。

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松岡由美子

松岡由美子
上野透析クリニックで看護師をしています。
患者さんとお話する機会が少ない手術室から、存分にお話ができる透析室に移動し28年が過ぎました。皆さんから怒られ、教えられ、支えられたお陰で今も続けることが出来ています。これからも皆さんと透析室で幸せの種をまき合い、一緒に良い時間を過ごしていきたいと思っています。

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