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理学療法士ゆうぼーの じんラボ運動療法講座【第1回】
腎臓病・透析患者さんの適切な運動療法
2013.4.1
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はじめに
腎臓病・透析患者様は、体液異常、腎性貧血、血行動態異常などの合併によって心機能が低下しています。また、透析による身体への負担や疲労によって活動量の低下や過度な安静を余儀無くされ、廃用に伴って筋力や運動耐用能、持久力の低下を招いています。無論、普段からアクティブに活動されている方もいらっしゃるかと思いますので、個人差はあるでしょう。
あるいは、運動が腎機能に悪影響を及ぼすという偏った認識により活動を制限されてしまっているのかもしれません。
このように運動を制限せざる負えない要因が多くあることから、普段から適切な運動を行い、運動習慣が身についているという方は少ないのではないでしょうか。
そこで、まず「じんラボ運動療法講座 第1回」では、運動による腎機能への影響と運動の必要性について説明した上で、運動方法の紹介をしたいと思います。
運動による腎機能への影響
運動をすると、関節の動きに伴って筋肉が収縮しますが、筋肉を収縮させる為には、アデノシン三リン酸(以下ATP:AdenosineTriphosphate)というエネルギーが必要となります。
このATPは酸素と結合(くっつく)ことでエネルギーとして働くので、酸素を運ぶために血液が筋肉に集中します。これを「血液の再分配」と呼び、エネルギーを必要としている場所に血液が集まる働きをいいます。食事をして、胃腸が働く時には血液がお腹に集まるので、脳の血液量が少なくなり、眠くなる訳です。
安静時 | 運動時 | |
---|---|---|
脳15% 心臓5% 腎臓25% 筋肉15% 皮膚10% |
脳12〜3% 心臓5% 腎臓2〜4% 筋肉・皮膚60〜80% |
腎臓は、安静時には心拍出量(心臓から出される血液)の5分の1の血液供給を受け、血液が流れる量は他のどの臓器よりも多いのですが、運動時には筋肉・肺・心臓への血液分配率が高まる為、腎臓を流れる血液の量は少なくなります。激しい運動をした時には50〜75%も低下するといわれています。
また、運動をすると、尿蛋白排泄量が増加し、腎血流量(RBF:renal blood flow)や糸球体濾過量(GFR:glomerular filtration rate)が減少することから、過度な運動を行うと腎機能障害や腎病変が増悪する危険性があるとされています。
運動による腎血流量の低下の機序
運動 | → | 副腎髄質から カテコール アミン分泌 |
→ | 交感神経 活性亢進 |
→ | 腎血管 収縮 |
- 副腎髄質
- アドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミン等のホルモンを作り出す副腎の一部。 カテコールアミン・・・アドレナリン・ノルアドレナリンを合わせた呼称。運動時に分泌し、これらが分泌すると心拍数や血圧が上昇、代謝促進などの作用をします。
- 交感神経
- 臓器や呼吸、消化などの身体の働きを制御しており、運動を行う際に活性化します。活性すると心拍数が上がり、より多くの酸素を取り込む為に気管支が拡大するなど、身体が運動するのに適した状態になります。
運動が腎機能を低下させるという説明をしましたが、これはあくまで運動前後における一時的な現象です。
これを憂慮するあまり運動や日常・社会生活における活動を制限されてしまうと、運動耐容能の低下やインスリン抵抗性の増加を介して心血管系合併症を増加させ、腎疾患の進行速度を増すという危険性も出てきます。それに何より、身体機能の低下は活動量の低下を招き、今まで出来ていたことが出来なくってしまうという事態に陥ります。
最近では、腎臓病・透析患者様における適度な運動は、腎機能に悪影響を及ぼさずに運動耐容能の向上させ、また、糖や脂質代謝の改善、透析効率の向上等のメリットをもたらす可能性があるという報告や低蛋白質食摂取下であっても蛋白異化や炎症を防止するという報告もされています。
よって、腎臓病や透析患者様の活動を過度に制限すべきではないことも示唆されています。
また、長期的な影響を検討した臨床研究では、適度な運動による腎機能障害の悪化はなく、逆に改善したという報告もあります。
身体活動の低下は心血管疾患のリスクでもあり、運動療法が重要であるといわれています。すなわち、運動が身体機能低下の予防であり、合併症治療のための選択肢の1つとしても期待を集めています。
今後、個人の身体機能や状況に応じて、細分化したプログラムを設定していきたいと考えておりますが、今回は運動を生活の一部に取り入れ習慣化して頂くということを目的とし、簡単に出来るストレッチや運動を紹介した上で、その意義と方法を説明したいと思います。
運動処方
運動を始めるにあたって、大切なことは体調管理とご自身の能力を知っておくことです。
専門家や運動指導員がいない環境下においては、この2つを知っておくことが重要です。運動は身体に負担がかかるものなので、健康状態の整ったときに実施しましょう。
今回は、ご自宅でできる運動2つと正しいウォーキングの方法を処方します。
1. ヒップリフト
これは大殿筋(オシリの筋肉)や脊柱起立筋(背中にある筋肉)を鍛える運動になります。歩く時や階段の昇り降りに必要な筋肉です。また、この運動により腰椎の前彎を促すことが出来るので、腰痛予防にも効果的です。
脊柱は真っ直ぐではなく、頸椎(首)は前彎・胸椎(胸のあたり)は後彎・腰椎は前彎(ぜんわん)し、下図(左)のようにS状のカーブを描いています。姿勢が悪く円背(猫背)の方は腰椎が後彎(こうわん)し、脊柱全体も正常とは異なる彎曲(わんきょく)になってしまいます。この結果として、脊柱の中には神経が走行しているので痛みやしびれ等の症状を招きます。
正しい姿勢を意識し、運動することで腰痛を予防しましょう!
2. パンピング
これは主に腸腰筋(腰椎と大腿骨を結ぶ筋肉)と足首の運動になります。写真のように足を挙げて、足首を上下に動かします。これにより足全体の筋肉と心臓から最も遠く血流の届きにくい足先末端の毛細血管を発達させる効果があります。
また、浮腫(むくみ)改善にも非常に効果的です。下腿(膝下の部位)や足首はむくみやすい上、動かす機会の少ない部位なので積極的な運動が求められます。筋肉を収縮することは血液やリンパの流れを良くするポンプの役割も果たしているので、どんどん動かしましょう!!
3. ウォーキング
健康維持のためには、やはり歩くことが欠かせないでしょう。しかし、歩く上でもきちんとした歩き方をしなくては効果を発揮できませんし、転倒やつまずきの原因ともなります。よって、正しくカッコ良く歩くコツを紹介したいと思います。
踵(かかと)から接地する
気を付けて歩いているにもかかわらずよくつまずいたり、バランスが悪いという方はいませんでしょうか?それは、きちんとした姿勢で歩けていなかったり、正常な重心移動が出来ていないことが原因として考えられます。正しい歩行では、足を踵から接地→足底(土踏まずのあたり)→爪先(つまさき)の順番で接地し、重心が踵→母指球へ向かって辿っていきます。これが爪先(つまさき)から地面に接地したり、足を引きずっていたりすると、つまずきやバランス不良を起こします。
顔をしっかり上げる
自分の足元ばかり気になってしまい、つい猫背
ぎみになってしまっていることはないでしょうか?
顔を上げると、不思議と背筋がすっと伸びます。これはなぜかと言いますと、首と背中(脊柱)、はつながっているからです。逆に背中を丸くすれば首は前に出ます。
背筋を伸ばし、顔を真っ直ぐ上げて歩くよう心がけましょう。
顔をしっかり上げる
歩く動作は足だけで行っている訳ではありません。腕の振り・骨盤や体幹の回旋と連動した動作で行っています。よって、右図では分かりにくいかと思いますが、元気良く腕を振って歩きましょう!!
運動療法の注意点
①血圧管理
通常の血圧を知っておいて下さい。それを基準として、20mmHgの変動がある時は中止しましょう。 また、原則として収縮期血圧(上の血圧)>180mmHg、拡張期血圧(下の血圧)>100mmHgとして、運動を実施しましょう。
②体調管理
透析直後や狭心痛・呼吸の乱れ・めまい等の症状、他にも普段と異なる症状がありましたら運動は中 止しましょう。運動は無理してまで実施する必要はありません。
おわりに
近年、QOL(Quality Of Life)という言葉を耳にする機会が増えてきました。直訳すると、「人生の質」となりますが、「その人らしい幸福の在り方」とか「自分らしい生活」などと解釈されています。
その人らしさ、自分らしさ・・・これは人それぞれ異なるでしょう。しかし、何を持って人生の質と呼ぶかは十人十色であっても、健康であることは誰にとっても欠かせないことです。
現在の医療では腎機能を回復することは困難なことですが、現在持っている機能を維持していくことも健康を守るために大変必要なことです。そのためには「治療・運動・栄養」はどれも欠かすことができません。
今回、理学療法士として「運動」の必要性について執筆しましたが、少しでも参考にして頂けたら幸いです。今後も、腎臓病・透析患者様への運動方法の提案や新たな研究結果を執筆し、微力ながらみなさんと医療発展に貢献していきたいと考えております。宜しくお願いいたします。
参考
- F.H. マティーニ 他(2003)『カラー人体解剖学—構造と機能:ミクロからマクロまで』西村書店
- 大成浄志(2004)『標準理学療法学・作業療法学 専門基礎分野 内科学(第2版)』医学書院
- 石澤光郎(2007)『生理学 (標準理学療法学・作業療法学 専門基礎分野)(第3版)』医学書院
- 細田多穂(監修)、山崎裕司/川俣幹雄/丸岡弘(編集)(2008)『内部障害理学療法学テキスト』南江堂
- 日本腎臓学会 他(2012)『腎不全 治療選択とその実際(2012年度版)』
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