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【第4話】透析導入〜入院生活から現場復帰まで

2017.5.8

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いよいよ透析導入に伴う入院生活がはじまりました。
私のこころの中は、正直「早く仕事に戻りたい」の一心でした。家族もローンも抱えているのにゆっくりなんてしていられない、そんな気持ちでいっぱいでした。
そこで、主治医にもお願いして3週間で退院ということで了解を得ました。

3週間後に退院して翌日から仕事に復帰しようとしていた矢先、左足首を骨折(ひび)してしまいました。生まれて初めて松葉杖の生活です。その足で、透析にも慣れていない体で仕事なんて論外でした。
おまけに人というのは「やってはいけません」ということをしてしまいたくなるもので「水分を制限してください」と言われれば言われる程、飲み過ぎてしまい肺に水が溜まり、寝ている時に息苦しくなってきました。

結局、再入院。
そこからなんと半年間も仕事に行かず、肺水腫と骨折が治っても家と病院の往復に費やしました。
当時のスタッフには「あなたは当初、何かに焦ってばかりでしたけど、骨折を境にゆったりとした心持ちになった気がします」と言われました。
仕事、仕事とそればかりに気持ちが張っていたのが、骨折や肺水腫になる中でもう少しゆっくりしてみようか、と思えました。

そうこうしていると体も透析にも慣れ、周りの患者さんとも話をするうちに、こらから一生透析と付き合わないといけないということが、ゆっくりと自分自身の中で理解できるようになりました。
この頃は、長い人生の中の「透析生活」について、じっくり真正面から向き合う時間であったと思います。


退院はしていましたが、まだ仕事に復帰していない平成10年、長野冬季五輪が開催されました。透析中もテレビに釘付けで、特にパラリンピックを観ていた時に、大変な衝撃を受けました。
当然パラリンピックは障害者のスポーツ大会ですが、障害者の方が必死になって自分の限界を突破しようとしている姿に、障害に対して積極的に向き合い、障害を感じさせない競技へのひたむきさ、純粋さにいたく感動しました。
私は内部障害だけれど、同じ障害を持つ者としてどちらかというと内向きになりがちなところがありましたが「自分ももっともっと前向きに頑張らなくては!」という気持ちが湧いてきました。

それがきっかけとなり、平成10年4月から職場に復帰することになりました。

次回は、今年5月に透析歴20年を迎えるにあたり、積極的な透析生活を送っている現在と、透析患者というより透析者へと気持ちが変わっていった心の変化をお話ししたいと思います。

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オガタ トオル

オガタ トオル

透析歴19年になります。
普段はサラリーマンをしながら、月、木、土の夕方から6時間の透析を受けています。
透析を始めてからボケ防止のためにピアノを始めて13年(バイエル終了)。
少し間をおいて、ボーカル始めて3年目です。
仕事以外に気分転換を、と好きな音楽を続けています。
家族は、家内と娘の3人です。
娘が2歳の時に透析を導入となりましたが、来年就職です。
昨年娘が運転免許を取得したので、30年近くのレンタカー生活に終止符を打ち、娘名義で車を購入します。家に車がきます。わくわくしています。
透析でつい億劫になってしまう旅行にも、久々に行こうかと思っています。